17-2 シャクヤク:恥ずかしい
「まあ、インストって言っても、そんなに説明することもないんだけどね。簡単なルールだよ」
角くんは赤いチューリップの花束を持ったまま、いつもみたいにそんなことを言って、ルール説明──インストを始めた。
「ゲームだと『花タイル』の山札があるんだ。手番のプレイヤーはその山札から二枚取って、こっそり自分だけその花を確認する。俺はさっき、控え室みたいな場所で花を見て選んだから、大須さんもその時になったらわかると思う」
「花は二つなの?」
角くんの持つ花束を見て、わたしは首を傾けた。その花束は『赤いチューリップ』だけに見える。
「そう。その二つの花の片方を『花束』に選ぶ。選ばなかった方は『思い出』になる」
「『花束』と……『思い出』?」
角くんの言葉の意味がよくわからない。困惑して頷けないでいたら、角くんはベストのポケットから銀の鎖を取り出した。その鎖には、楕円形のペンダントトップがぶら下がっている。
「このゲームだと、どうやらこれが『思い出』みたい。俺はさっき『赤いチューリップ』を花束に選んだ。もう一つの花はこれを開いたらわかるようになってる」
鎖にぶら下がった銀のペンダントトップは、どうやら開いて中に何か入るようになっているらしい。ロケットペンダント、というやつだ。
目の前で揺れているそれに手を伸ばしたら、角くんは慌てたようにわたしの手の届かない位置までペンダントを持ち上げてしまった。
「ごめん、これは大須さんはまだ中身を確認できないんだ」
「そうなんだ」
謝られて、わたしは大人しく手を降ろした。角くんは申し訳なさそうにちょっと首を傾けてから、説明を続けた。
「で、俺はこの『花束』と『思い出』を大須さんに差し出す。大須さんはどちらか一つだけ受け取ることができる」
「どちらか一つ……選んで良いの?」
「選ばないといけないんだ。ただし、選ぶときにも『思い出』の花がなんなのかは、わからない。わからないまま選ぶ」
「わからないのに選べるの?」
角くんはにいっと笑った。
「そこがこのゲームの面白いところだよ。で、大須さんが選んだ方は大須さんのもの、選ばなかった方は俺のものになる」
「もしわたしが『花束』を選んだら、『思い出』は角くんのもの?」
「そう。大須さんが『思い出』を選べば、『花束』は俺のもの。そうやって花の行き先が決まったら、俺の手番は終わり」
「角くんが花を二つ見て、その二つを『花束』と『思い出』にする。わたしはその二つからどっちか選ぶ。それが角くんの手番ってことであってる?」
ここまでの流れを整理して口に出せば、角くんは嬉しそうに頷いた。
「そうそう、ばっちり。で、次は大須さんの手番。今度は大須さんが花を二つ確認して」
「わたしがどっちを『花束』にするか選ぶ?」
「そういうこと。で、俺は大須さんが差し出した『花束』と『思い出』のどっちを受け取るかを選ぶ。俺が選ばなかった方は、大須さんのもの。それで大須さんの手番は終わり」
角くんの言葉に頷いた。やることは割と単純だ。二つから一つを選ぶだけ。でも『思い出』の内容を知らないまま選ばないといけない。きっと悩むことになるんじゃないだろうかって気がする。
「そうやって、お互いの手番を二回ずつやる。そうすると『花束』か『思い出』が四つ手に入る。その状態になったら、花の披露」
「披露?」
「点数計算ってこと。まずは『思い出』の花も公開する。花の中には『披露の準備』って効果を持っているものもあって、その場合は点数計算の前にその効果を発揮する」
「『披露の準備』」
イメージが掴めなくて、眉を寄せてしまった。角くんが安心させるように微笑む。
「効果を見ればわかると思うよ。今はまあ、点数計算の前に何かやることがあるんだなって覚えておくくらいで良いと思う」
「それで良いなら」
あまりよくわかってないまま、わたしは頷いた。角くんもほっとしたように頷いて説明を続ける。
「それから、自分が持っている花を一つ一つ点数計算していく。点数は、まずは花が持つ『ハート』一つで一点」
「『ハート』って何?」
「これも多分、見たらわかるようになってるんじゃないかな。『花タイル』だと、左上に『ハート』マークが描かれてるんだけど。まあ、花自体に点数があるってことで大丈夫」
「わかった、と思う」
「それ以外に、花が持っている効果の点数も数える。例えばこの『赤いチューリップ』の効果は『あなたの赤の花1つにつき+1点』で、そういうのが点数になる」
「花の色も見たらわかるものなの?」
「わかると思うよ。一応言っておくと、色は赤、ピンク、黄色、紫、白で全部で五種類だね」
角くんは、わたしと一緒に入り込むボードゲームの世界のことを、なんというか随分と信頼している。けれどわたしが角くんみたいに思えるようになったのは、実は割と最近だ。
ゲームの中は理不尽で怖いところ。ずっとそう思っていたのだけど、と角くんの顔を見上げる。角くんのいつも通りに機嫌良さそうで楽しそうな顔を見て、安心している自分を自覚する。
わたしが入り込む世界はボードゲームの中だから、ちゃんとルールの通りに遊べるようになっている。角くんはそう言っていた。
だからちゃんと楽しむことができる。わたしも今はそう思っている。
「わかった、と思う」
わたしが頷くと、角くんはペンダントを持った左手を持ち上げて、指を三本立てた。銀のペンダントトップが手首の辺りで揺れる。
「で、それを繰り返して点数計算を三回やったらゲーム終了。最後に点数の合計が多かった人の勝ち」
それで、ルール説明──インストは終了だったらしい。
わたしが頷くと、角くんはためらうように目を伏せてから、両手に持った花束とペンダントをわたしに向かって差し出した。
「それで、ここからはゲーム開始です。どちらか選んでください」
突然始まったゲームに戸惑って、角くんを見上げる。角くんは目を伏せたままで視線が合わない。
わたしはそうやって差し出す角くんを前に、どちらを受け取るべきか悩んで──長考というものをはじめてしまった。




