84話 下味は少々のスパイスで
――カムイの街、明朝
「何者……!?うっ……」
大きな声を出され、敵に気付かれるのはまずい。最初の策を実行するためには隠密が重要となる。出来るだけばれずに多くの兵士を片付ける。兵士には罪はないが、散ってもらう他は無い。罪悪感が無いと言えば嘘になるが、これは戦いなのだ。
「なんとか朝までには上手く行きそうだね……」
私達は、作戦の実施に向けて、まだ明るくなっていないカムイの街へと繰り出していた。この作戦は少数精鋭がキモとなる。ノアや、味方の軍はカムイの街から近い場所に待機させ、私は、ミドウやミズチなどの一部の者と共に、夜の街へと侵入していた。いくつか小隊に別れ、まずは見張りを極力片付ける。最初のミッションである。
私達の役割は、明るくなるまで、敵を減らせるだけ減らすことだ。そして、明るくなると同時に、一気に本隊が動き、街を制圧するという作戦である。そのために、私はシータ、ルート、そしてナーシェと共に行動をしていた。
街で偵察がてら集めた情報には、有益な情報がいくつかあった。一番大きかったのは、現シャウン王の座についたルイスをはじめとする現在の政権に対する不満である。元々の王はシャウン国内でも比較的人気を集めていた。その父や兄弟達を殺めてまで、王の座を奪ったルイスが、国民の信頼を得られないのは必然の事である。ただし、国民は皆不満こそ持っているものの、やはりバックに軍部がついている背景から、声を上げることが難しいという現実があるようだ。
そしてもう一つ、私達と共にいるノアも、あのクーデターの日に死んだと誰もが思っていることだ。これは作戦の成功に大きく関わる要素になり得るだろう。死んだと思っていた元王子が、実は生きていて、民を先導して悪を倒す。都合の良いロールプレイングゲームのようなストーリーであるが、実際に民の目の前にその姿を見せれば、きっと民達も味方してくれるに違いない。
こうして、戦いを最小限に留め、尚且つカムイの街を味方につけることが出来れば、おそらくは他の街に住む民達の心にも、よりインパクトが残る結果となり得るだろう。
だからこそ、この作戦はやる価値があると踏んだ。私達の被害をなるべく抑え、尚且つ、国民達に自分の国を取り戻すために立ち上がってもらう。その為のピースに王子は絶対必要な条件であった。
「イーナよ、お前も変わったな」
一緒に行動していたシータが、私の方に向けて言葉を発した。変わったと急に言われても、いまいちぴんとこない。
「そうかな?」
「確かに……イーナちゃんの口から、攻めるという言葉が出てくるのは正直意外でした」
ナーシェも続く。そんなに、意外だったのかな…… そう思っていると、シータがこちらに気を遣うかのように、言葉を続けた。
「正解とか間違いとかいうのはないんだ。ただ、なんというか……リラと戦ったときのお前とは、全然違うなと思っただけだ」
「私はどんなイーナちゃんでも大好きなんですけどね!」
「どうでもいい、さっさと片付けるぞ」
ナーシェやルートもシータの言葉に続く。熟々思うが、私は良い仲間達に恵まれた。だからこそ、彼らと一緒ならば、何でもできそうな気がしていた。
カムイの街の警備は厳重であった。おそらく、新しいシャウン王国にとって、私達の国は仮想敵国の一つであろう。そう考えれば、国境に近いカムイの街により多くの兵が配置されていると言うのも頷ける。
「おい、イーナ……あいつ立派な服装だぞ……指揮官じゃないか?」
ヴァンパイアであるルートは夜に非常に強い。夜の暗闇の中でも、彼の目には指揮官の1人を捉えたようだ。これはチャンスである。相手の指揮官を討ち取ったとなれば、相手に大きなダメージを与えられると共に、味方の攻略も容易になる。
「どうだろう?行けそうかな……」
「見たところ敵の数が結構多い、正面から突っ込むのは得策じゃないだろう」
ルートは冷静に答えた。確かに、今は、無理をする場面ではないだろう。場所が分かるだけでもありがたい情報ではある。
「ここは一旦後に……」
そう言って、下がろうとした瞬間、目の前に数人の男が立ちはだかったのである。
「おい、お前ら、ここで何をしている?」
「前に夢中になりすぎたかな……」
「何をごちゃごちゃ言っていやがる?……っ!お前は!!」
男達はこちらの正体に気がついたようで、慌ててこちらに攻撃をしてこようとする。だが、男達が武器を準備する前に、先に私は攻撃を繰り出していた。もう容赦などしない。徹底的に敵を叩く、それが今私にとって重要なことである。
「ごめんね……恨みはないけど」
私が龍神の剣をさやに収めると、、目の前の男達は一気に、崩れ落ちていった。ふと、敵の指揮官らしき者が居た方を見ると、皆が慌ただしく動いているようだ。
「ばれちゃったかなあ……」
「どうするイーナ?」
シータがこちらに確認をとってきた。もうばれてしまっては仕方が無い。ここは引くよりも、出来るだけ、敵の準備が整う前に戦力を減らすべきであろう。
「ルート、ナーシェを連れて、安全なところまで引いてくれないかな?ここは私とシータでなんとかするから!」
私の言葉に、ナーシェは不満そうな顔を浮かべ、口を開いた。
「嫌です!引きません!いつもそうやってイーナちゃんばっかり危険を背負って!私もルート君も一緒に行きます!」
ナーシェに続き、ルートも背負っていた大きな鎌を構え、静かにこちらに向けていった。
「そういうことだ、たまには俺達もいい所を見せてやろうじゃないか」
赤く目を輝かせ、月明かりに照らされながら武器を構えて立っているルートの姿は、鬼と言うにはあまりに美しく、思わず見とれてしまいそうであった。ルートに続いて、シータやナーシェもいつでも行けると言わんばかりに、こちらに視線を送ってきていた。まるで、私の言葉を待っているかのように。
「じゃあ一つ、仕事と行きますか!」




