83話 わたしが疎ましいと言われても
「イーナ殿。大変感謝致します!」
ノアはそう言って、ひたすらに頭を下げ続けていた。そうする以外に彼に出来る手段は残されていなかったのだろう。家族を失い、国を失い、それでもなお、心は折れていなかった。だからこそ、私はこの若者に、夢を託したくなったのだ。きっと、彼となら良い未来が描けると信じていた。
「ノアさん、王国はこの国に攻めてくると思う?」
私の問いかけに、ノアは頷いた。ノアは確信を持っているようだった。流石に実の弟のことはよくわかっているだろう。ならば、その判断もおそらく正しいに違いない。
「奴らは、あなた方の存在が疎ましくて仕方無いのです。そうなれば、必ずや攻めてくるでしょう」
「迎え撃つとしたら、レェーヴ原野だろうな」
ミドウは小さな声で呟いた。シャウン王国との国境からリラの街までの間に広がるレェーヴ原野。確かに戦いにはうってつけだろう。おそらく、シャウン王国もそこを主戦場に選んでくる。数と武器を生かすとなれば、見通しがよく、また平地で戦うのが、彼らにとっては有利であると目に見えている。
「レェーヴ原野で迎え撃つとしたら、こっちの被害も大きくならないかな?数では圧倒的に向こうの方が優位だろうし」
私の発言に、皆が考えこんだ。どうにか相手の戦力をそぐ方法はないか、私は必死に考えていた。いくら、こちらが神通力を持っているとは言え、無策で突っ込んでいくというのは無謀である。そんな事をしていては命がいくつあっても足りないだろう。
「なんとか飛び道具を無力化させたいところだね。元々レェーヴなら飛空船は使えないし、銃さえなんとか出来れば被害を減らして勝利は出来るはず」
アレナ聖教国の時とは異なり、相手はより近代的な兵器を有している。正面からぶつかっても得策ではない。人間の技術をいかに制するか、それがこの戦いの鍵となる。
「俺達夜叉族であれば、多少の銃撃なら屁でもないわ。先鋒は俺達が引き受けた!」
そう言ってミドウは力強く答えた。夜叉の肉体強化の力、これは生かすほかない。
すると、ミドウに続いて、シナツやミズチも声を上げた。
「大神の速さなら、そもそも攻撃もあたるまい。その前に仕留めれば問題は無いのだろう?」
「俺達も再生という力がある。問題は無い」
皆の力を最大限に生かすためにはどうするのが良いか。少ないリソースで、敵を打ち破るためには……
「いっそ、先にこちらから攻めるのはどうなのかな?国内の騒動が収まらないうちの方が、敵の指揮系統も上手く機能しないだろうし」
私の提案に、皆に一瞬動揺が走った。そして、皆が一斉に一つの懸念を思い浮かべたのだ。
「せっかく俺達の事を理解してくれる人達が現れたというのに、こちらから攻めるような事をしたら、その人達すらも裏切ることにならないか?」
皆が、私の提案に疑問を投げかけてきた。至極もっともな意見ではある。
「これはある意味では賭なんだ。もし、仮に王国内でのクーデターに不満を持っている人が沢山居たとしたら……皆が死んだと思っていた第2王子、そして友好国が助けに来てくれた。むしろ、私達に味方してくれるひとが沢山居るかもしれない」
もし、そうでなかったとしたら……もし、シャウンの人々が私達のことをよく思っていなかったとしたら、私達は侵略者としてモンスターと人間の間には大きな亀裂が入ってしまうだろう。そうなれば、今までやってきた事も全て無駄だったと言うことになってしまう。
「大丈夫だ、イーナ。お前はモンスターだけではなく、シャウンの人達の為にも、全力でここまでやってきたじゃないか。絶対に皆、味方してくれるはずだ」
ミドウが私を励ますように、力強く答えてくれた。命からがら逃げてきたシャウン王国の兵士達の目にも、希望の光が灯った。
「そうですよ!イーナ様はシャウン国内で知らぬものがいない位の有名人なのです!」
兵士の1人が叫ぶと、他の兵士達の士気も上がっていった。なんだか照れくさかったが、悪い気はしなかった。私が、他の皆の様子をうかがうと、皆も理解してくれたようだ。シナツもミズチも何も言わずに頷いてくれた。
「そうと決まれば、出来るだけ早いほうが良い。まだ国内が混乱している間の方が都合が良い。まずはカムイ、そして目標はフリスディカだ」
………………………………………
「それにしてもイーナよ、おぬしも大胆なことを考えたな」
方針を決めた後、ミドウが私の所へやってきて、言ったのだ。
「そうかな?まあ賭と言えば賭だけど……」
「最初にあったときとは全然違うな。最初こそ、頼りなさもあったが、今ではすっかり九尾になったと言うべきか……」
ミドウは、さらに何か言おうとしていたが、一瞬何かを思ったかのように黙りこみ、再び言葉を発した。
「なんにせよ、おぬしが味方で良かったと心から思うわい」




