72話 通じるもの
私も猩々もお互いに笑っていた。敵ながら、お互いに心は通じ合っていた。より強い敵と戦えるという幸せ。少し前までは思いもしなかった。戦うことに幸せを感じるなんて。
だが、負けるわけにはいかない。私は妖狐の長である。私が負けると言うことは、妖狐の立場にも関わる。常に勝たねばならないのだ。
「四神の座はそんなに軽いものじゃないよ」
今度はこちらから攻めに回る。相手の動きは大体見えてきた。だが、猩々は手に持つ大木でこちらの剣戟を防ぐ。どれだけ堅い木なんだ一体……
猩々がこちらの攻撃を防ぎながら口を開く。
「分かっている!だが我も狒々の長、誰にも負けるわけにはいかないのだ!」
猩々がこちらの攻撃をはじくように、大木を振るった。剣と大木がまともに交じり合う。
猩々の一撃のあまりの重さに、バランスが崩れそうになるも、私はなんとか体勢を立て直して距離を取った。
ここで私の中に一つの疑問が生じた。お互いに武器を交えて分かったが、猩々も結局は狒々の長として、狒々のためにいまここに立っている。真っ直ぐな信念を持っている彼が、何故教会軍と手を組んでいるのか。
「ねえ一つ聞きたいんだけど」
すると猩々は、武器を構えながら言葉を返してきた。
「なんだ?」
「なんで、あなたたちは教会に味方しているの?」
私の問いかけに、猩々は笑いながら答える。
「簡単だ。奴らは、世界と戦うと言っていた。ならば、強い敵と巡り会えることは明らかだ。こんな面白い話があるか?」
猩々は再び、こちらに向かってきた。再び攻防がはじまる。それにしても、こいつのスタミナはどうなってるんだ。重い大木を振り回しているはずなのにさっきからまるで、攻撃のスピードが落ちない。
「動きが鈍くなってきているぞ!限界も近いか!まだまだ楽しもうぞ」
猩々の言葉に自分の息が切れていることに気付いた。それほどまでに猩々との集中していたのだ。だが、戦いに集中するがあまり、視野が狭くなっていたのは猩々も同じであった。龍神の剣を受け続けた猩々の大木は一部に焦げ跡がつき始めていた。
確実に決着の時は近づいている。最後に立つのは私か、それとも猩々か。
「そろそろ決着をつけようか」
私の言葉に、再び猩々は笑みを浮かべ返してきた。
「強がりだな。おぬしも限界であろう。楽しかったぞ!九尾よ!」
そう言うと、猩々は武器を構えながら距離を一気につめてきた。猩々の叩き下ろすような攻撃をかわし、回避の勢いを利用しながら燃えさかる剣で斬撃を入れる。猩々は私の剣を防ごうとしたが、先に限界が来たのは猩々のほうであった。
私の炎の剣を受け続けた大木は、焦げ跡の部分から、一気に砕けたのである。その瞬間、スローモーションの様に猩々の表情が変わっていくのが見えた。猩々は武器が折れたことに対し、一瞬の驚きの表情を浮かべた後、すぐに満足げに笑うと、ゆっくりと口を開いた。
「見事なり、九尾」
すかさず、私は猩々に向けて斬撃を放つ。その件は防がれることはなく、猩々の身体を切り裂いたのである。
「猩々様!」
崩れ落ちていく猩々を見るやいなや、私達の戦いを見ていた狒々たちが一斉に声を上げた。
「おのれ九尾!猩々様の敵!」
そう言って狒々たちが武器を構えたが、それを止めたのは他ならぬ猩々であった。
「やめろ、お前達……」
猩々の声に、狒々たちの動きも止まる。猩々は息も絶え絶えながら、静かに、皆に語りかけるように口を開いた。
「我は負けたのだ……」
その言葉に、狒々たちは無念そうな顔を浮かべながら、ゆっくりと武器を下ろした。すると今度は、猩々が私のほうに向けて語り出した。
「九尾よ、最期にこんな楽しい戦いが出来て、我は幸せだ。負けた身で厚かましいのは分かるが一つだけおぬしにお願いをしたい。聞いてくれるか?」
私が何も言わずに深く頷くと、猩々は話を続けた。
「我々狒々の皆のこと、おぬしに託したい。四神であるおぬしの配下に加えてもらえないだろうか……?」
猩々は戦いを通じて、私を認めてくれたのだ。私は結果的に、狒々たちの長を失わせることになってしまった。ならば、私に出来る事は一つ。長の思いを引き継ぐことである。
「分かった。猩々、あなたの願い聞き入れよう」
私の言葉に猩々は笑みを浮かべると、最後の力を振り絞るように立ち上がり、狒々たちに向けて言ったのだ。
「今日から、狒々の王は九尾だ。ふがいない王ですまなかった!」
そう叫ぶと、猩々はそのまま後ろに倒れていった。再び猩々が起き上がることはなかったのである。
「そんなばかげた話があるか!」
猩々の言葉を聞くやいなや教会軍が一気にこちらに攻撃を仕掛けようとした。だが次の瞬間すぐに、教会軍に悲鳴がこだまする。四神の一族に加え、狒々まで仲間になったとなれば、もはや魔法使いだろうが関係はなかった。戦況が決定づけられた瞬間であった。
周囲が一掃されると、狒々たちが私の元へとやってきて跪いた。そして、先頭の狒々が皆を代表するように、私に向けて畏まった様子で、口を開いた。
「先代猩々の遺言につき、我々狒々は今より九尾様の配下となりましょう」




