62話 ストーカーは嫌われるよ
「イーナ様。とりあえず情報が分かって良かったね!」
ルカは私が難しそうな顔を浮かべているのを見て、元気づけようと明るく振る舞っていた。ルカになんとか元気のないところを見せないように取り繕った。
「そうだね、とりあえず戻ろうか」
2人の間に沈黙が流れる。この先どうするべきか。もし本当に処刑などされたのなら、夜叉もこのまま黙っているというわけにはいかないだろう。そうなれば、妖狐も人ごとではなくなってしまう。
――おい、イーナ、誰かにつけられているぞ
サクヤの一言に、思わず背筋が凍った。もし、もう教会にもばれているとしたら……
「サクヤ、撒けると思う……?」
――分からんが、やるしかないじゃろ
もし、つけているのが、教会の人間だったとしたら……ここで手なんて出そうものなら、確実に国にとって敵と見なされる。そして、相手にも先に手を出されたという大義名分を与えることにもなってしまう。
どうする……
路地裏に逃げ込んだとしても、地の利では向こうの方がある。走って逃げるにしても、騒ぎを助長させるだけだ。あえて、どんな相手か接触して確認してみる?だが、敵だったらそれこそ捕まるだろう。
必死に冷静を装いながら歩き続ける。だが、先ほどから感じる視線はだんだんと近づいてくる。
「サクヤ、味方だと思うか?」
――あの敵意、確実に味方ではないことだけはわかる
こうなれば、多少強引でも突破するしかないか……
「ルカ、みんなの元へ先に帰るんだ。そして、すぐに飛空船の準備をするように伝えて欲しい。適当に撒いて向かうから」
すると、ルカは心配そうな顔を浮かべながら力強く頷いた。
「分かった!イーナ様!ご無事で帰ってきてね!」
人混みに紛れ込んで、ルカと別れる。今は、ルカを信じるしかない。そして、私の役目は、出来るだけ時間を稼ぎながら逃げることだ。
相手に見えやすいように、路地裏へと入り込んだ。どうやら、相手もルカを見失ったらしく、私の方をつけてきている。大丈夫。ここまでは上手くいっている。
しばらく歩いていると、前からも、複数人のローブを着た人達がやってきた。顔はローブに隠されて良く見えないが、敵である事は間違いない。前からも後ろからもとなると、仕方無いか……
「おい、そこの女、聞きたいことがあるのだが」
ローブを着た1人がこちらに話しかけてきた。出来るだけしらばっくれた風で返答をする。
「はい、私でしょうか?なにか?」
「なにやら、この地区で教団について嗅ぎ回っているものが聞いたのでな……」
「そうなのですね。おつとめご苦労様です」
そう言って、半ば無理矢理突破しようとするが、ローブを来た男達はこちらに武器を構え始めた。やっぱり、簡単には通れないか……
「何を目的に探っている?」
気がつくと、すっかり囲まれていた。人数は……6人か。無理矢理なら突破できそうだ。覚悟を決めてやるしかない。こいつらを倒して、逃げ回ればこちらの勝ちだ。だが、もう少しだけ、時間を稼ぎたいところである。
「さて、なんのことでしょうか?私はしがない一般人なのですが……」
流石に無理があるかな……だが、まだ相手は暴力行使には至らない。まだ行けそうだ。
「ふむ、どこまでもシラを切ると言うか……良いだろう。ならば……連れてこい!」
男がそう言うと、後ろからローブを着た連中がまた複数人現れた。だが、増えたこと自体はどうでもいい。問題は、先ほど別れたルカも一緒に連れられていると言うことだ。
「イーナ様!ごめんなさい!こいつら強くて……」
ルカも抵抗したのであろう。その様子は見た目からも分かった。服も一部汚れており、肌には血の跡も見える。こいつら……
「お前が大人しく我らと来るというのなら、今こいつの無事は保証してやる。だが、我らに刃向かうというのなら……わかっているな」
「汚いやり口だなあ全く……」
「イーナ様!ルカのことは大丈夫だから!」
流石にルカを人質に取られてしまっては、私には手を出すことが出来なかった。龍神の剣を足元に捨て、手を上げながら相手に向かって言った。
「分かりました、あなた方に従いましょう」
私達は、そのまま彼らに拘束され、聖都シュルプの1番地区にある大聖堂へと連行されたのだ。1番地区は崖下の街とは異なり、非常に優雅な街並みであった。特にアレナ聖教の象徴でもある、大聖堂は荘厳な雰囲気に包まれており、その美しさは思わず息を呑んでしまうほどであった。
「ここで待っていろ、明日は裁判が待っている」
ローブの男達に連れられ、大聖堂の地下にある一室へと入れられた。とりあえず、手を縛られてしまったものの、足は自由であり、身動きは出来るからそこまで不自由はないが、鍵はしっかりと閉められており、分厚い扉と壁に囲まれたこの部屋からの脱出は難しそうだ。
「イーナ様ごめんなさい!」
ルカは泣きながら必死に謝ってきた。そんなルカを見ているのがいたたまれなかった。そっとルカの頭に手をのせ、すっかり怯えてしまったようなルカを慰める。
「大丈夫、何とかなるよ」
あれからどの位の時が経ったのだろうか、部屋の中は薄暗い灯り一つしか無く、外の様子は一切分からない。ルカと一緒だからまだマシなものの、1人であったなら、確実に気が狂ってしまいそうな、そんな場所だった。すると、突然、扉が開いた。
「おい、時間だ、2人ともついてこい」
扉が開くとすぐにローブの男達が、私達2人に武器を突きつけてきた。そこまでしなくても大人しくしておくって……
男達に案内されたのは、教会の内部にある大部屋である。向こうには数人のローブを着た老人が座っており、まるで裁判所と言った雰囲気だ。ここで裁判を行うのか……そう思っていると、議長を名乗る老人の一声であっという間に裁判が始まったのである。
「これより、唯一神アレナの元、公正なる裁きを始める。お二方前へ」
議長がそう言うと、私達は、大部屋の中心へと押し出された。そこまで手荒にしなくても……
不満げな様子で、私達を押した男をにらみつけていると、議長がその空気を引き裂くように、大声を上げた。
「この者どもは、我らが唯一神アレナの使徒である妖狐を自称した、不届き者である。いたずらに国民どもを惑わすその行為、とうてい許されるものではあるまい。よって死罪を言い渡す!」




