52話 神の使いになった覚えなんてないんだけど
「イーナちゃん!ここ妖狐って書いてますね……」
「うん……」
アレナ聖教では、妖狐は神の使いとして伝えられているようである。そして、妖狐と同じように、夜叉、大神、大蛇も同じく神の使いであるそうだ。
本では使徒との記載があり、アレナ聖教の神アレナの忠実なるしもべであるとされているようだ。しもべって……
「イーナちゃんは神の使いだったのですか!?」
ナーシェは本気で驚いた様子を浮かべる。口をあんぐりと開いて、まさに開いた口がふさがらないといった言葉はこの時のためにあるのではないかと思うほどであった。
「まさか……」
私は笑いながら、ナーシェに言葉を返した。そんなはずがない。そんな神なんぞに会えるのならむしろ会ってみたいものだ。それに、使徒が人里離れた洞窟で肝臓を食べているなんて、なかなかの笑い話である。
――む、何か馬鹿にされているような気がするのう……
ただ気になるのは、神の使いとして書かれているのは4神だけではないということだ。4神と呼ばれるものたちの名の後には、生き物であろうものたちの名がいくつも記載してあった。
「聞いたことのない名前もいくつか載っていますね……鳳凰、黒竜…ぼろぼろで後は読めませんね……」
「黒竜とか、明らかにやばそうな名前だね……」
鳳凰。名前から察するに火とか扱うような鳥であろう。それに黒竜なんてどう見ても名前からは化け物しか想像出来ない。果たして本当にいるのかいないのかは分からないが。
想像を膨らませていると、ナーシェが明るい声を発した。
「アレナ聖教国に行けば何か分かるかも知れませんね」
まだ見ぬ神獣達、もしも本当にいたとしたらどんな奴らなんだろうか。コミュニケーションは取れるんだろうか。いきなり襲われたらはたして勝ち目なんてあるのだろうか。そんなことで頭がいっぱいであった。
「神話の話だし、行けばきっと分かるよ!」
それにしても、気になる話である。私は神様なんて今まで信じたことはなかった。だが、この世界に来てから、いくつも理屈では説明出来ないような力を使うもの達とも出会った。現に今はその説明出来ないような力を使っているのも事実である。
――サクヤ、何か知っているか?
――む、すまぬイーナよ、わらわも知らぬ。それにしても、世界は知らないことばかりなのじゃな。そちと一緒に妖狐の里を出てからは、新しい発見ばかりじゃわい
そして、想像に頭を働かせること6日、あっという間に出発の日を迎えた。今回もアマツを迎えて、飛空船で向かう。メンバーはルカ、テオ、シータ、ルート、ナーシェである。危険を伴うことになるかもしれないと言うことで、シータとルートにもついてきてもらうことにした。
「久々にイーナと冒険に行けるな!」
シータはわくわくした様子で言った。確かにしばらくシータやルートとは別行動が続いていたし、全員で旅に行くのは本当に久しぶりである。
「あれから俺も鍛えたんだぞ!なにやらきな臭い話も聞いていたしな。少しでもイーナ達の力になれればと思って」
そう、私達が研究をしている間も、シータとルートは、訓練を欠かすことはなかった。
「まあ、私もミズチさんに鍛えてもらったからね!シータやルートには負けないよ!」
強くなったのは、彼らだけではない。私も同じである。4神同盟が出来てから、しばらくの間、ミズチとカブラはフリスディカに滞在していた。研究の合間をぬっては、ミズチに剣術の訓練をしてもらっていたのである。
ミズチが口癖のように言っていた集中。より深く、深く感覚に入り込む。次第に神通力も剣術も精度が上がっていったのが自分でも分かった。
「ふん、イーナお前には負けないぞ」
「頼りにしてるよルート!」
そう言うとルートはちょっと照れくさそうにしながら、先に飛空船に乗り込んでいった。前よりも強くなったのは、鍛えられたその見た目からも分かったが、内面はあんまり変わっていないようである。それがルートらしいと言えばルートらしいが。
「本当にルート君は素直じゃないですね!」
ナーシェがその様子を見て笑う。
「イーナ~~夜連絡が途絶えたのは、アレナ聖教国の首都アレナで調査してもらってた夜叉達だよ~~」
「聖都アレナ、ただいきなり飛空船で乗り込むのはまずいかも知れないですね。近くで降りて最終的には徒歩というのがよいかとは思います」
いきなり、アレナ聖教国の人達に敵として認識されることはないだろうが、まだ知らない国であると言うことで、ある程度は慎重に行った方が良いだろう。
「そうだねナーシェ。どちらにしても、しばらく移動に時間はかかるし、こまめに休憩しながらいこう!
思えばあれから、研究だなんだで全然旅には行けていなかった。危険とは分かっていても、やはり冒険というのは胸が高鳴る。
「ニャ!準備は良いかニャ!出発するのニャ!」
テオも久しぶりに飛空船を動かせるということで一層と気合いが入っているようだ。
「イーナ様!なんだかわくわくするね!」
少し背が伸びたルカ。ちょっと大人になったけれど、探究心は変わらない。
飛空船がゆっくりと地上を離れていく。地上では、病院のみんなが手を振ってくれているのが見える。その姿もだんだんと小さくなっていく。
――いよいよじゃな!新しい冒険のはじまりじゃ!
新しい冒険。どんな出会いが待っているのだろうか。本で読んだ、黒竜や鳳凰と呼ばれるもの達、彼らにも会えるのだろうか。
そんな事を考えているうちに、フリスディカの街並みは遥か遠くへと、そして地平線へと消えていった。




