30話 繋ぐ想い
「大賢者リラ様……? でも遙か昔の人のはず……」
ナーシェの呟きに、俺は静かに口を開いた。
「妖狐の血を持つというなら、数百年生きてもおかしくはないはず……」
しかし、なぜ…… リラさんが、こんなことを
「あなたは、人と妖狐の共存を目標に、人間の世界に下りてきたのではないのですか……?」
俺の問いかけに、リラはゆっくりと呟く。
「所詮人とモンスターの共存は夢物語だったのです。ギルドも、結局はモンスターを討伐する組織に成りはて、私のやったことは全て無駄だった……」
リラは表情を変えずに淡々と続けた。
「そして、私の両親も、魔女を産みだしたモンスターの手先という罪を着せられ、処刑されました。これ以上に絶望することがあるでしょうか?」
「そんな……」
ルカが衝撃を受けた様子で、言葉を漏らした。
「……それでも、時代は変わってきています!魔法使いだって生きる場所を得ました!リラ様のおかげで!」
ナーシェはリラに向かって、叫んだ。そう、時代は確かに変わってきているのだ。もう少しの所まで来てる、リラさんには諦めて欲しくない。
「まだ、間に合います……!私はあなたの意志を継いで、モンスターのための病院を始めました!人とモンスターが共存出来る世界を作りたいと……!」
俺の言葉に、リラは再び表情を変えずに静かに呟いた。
「そうですか…… まだ間に合う……」
そして、リラは持っていた剣をこちらに向けて、冷たく呟いた。その目からは涙が流れているように見えた。
「ですが、私の憎しみ、苦しみはどこに捨てれば良いというのですか?もう、はじまってしまったのです」
そう言うと、リラはゆっくりと手をこちらに向け、呟いた。
「氷の世界」
リラの言葉の直後、たちまち、王の間は一面凍り付いた。
「くっ、これでは風切は使えない……」
リラを威嚇していたシナツは、冷静に呟いた。
「もし、あなたが、人とモンスターの共存出来る世界を作れるというなら、私を超えて行きなさい、九尾」
「私達は……戦わないと駄目なんですか……?」
リラさんを超えていく。すなわち、リラさんはその世界を見ることが出来ない。そんな無情な事があるだろうか。
「もはや後戻りは出来ません、私が勝つか、あなたが勝つか、現実は一つしかないのだから……」
「っ……」
俺は強く拳を握る。どうしてこんなことになってしまったのか。でも……
「……私は!」
すうっと息を吸い込み、リラに向けて叫ぶ。もう迷いはない。
「例えあなたが立ちはだかったとしても、超えていく!あなたのためにも!」
そう言うと、少しリラは笑ったような気がした。相変わらず、表情は変わらないままだったが。そして、ゆっくりと、それでも力強く一歩、また一歩と踏み出した。
「イーナ様!」
ルカは叫びながら、俺のローブをつかんだ。その表情は何処か不安そうだった。
「ルカ、これは、私の戦いなんだ、わかって」
そう言うと、ルカは唇を強く噛みながら、ゆっくりと手を離した。これは、俺とリラの戦いでもあり、そして、妖狐の問題でもある。俺が解決しなければならない問題だ。
再びすぅーっと大きく息を吸い込み、ゆっくりと、龍神の剣をリラに向ける。
「リラさん、あなたの理想のために、私は絶対負けません」
その言葉と共に、龍神の剣に炎が宿る。
俺の様子を見ていたリラはまた再び何か呟いているようだった。そして、リラの剣が一気に凍り付いた。
はじめに動いたのはリラの方だった。遅れて俺も、リラへとむかって行く。おそらく、二人の思いは一緒だろう。剣だけで良い。お互いの想いを込めた、この剣1本で。
想いを込めた刃が交錯する。
そう、言葉はもう、いらなかった。リラの冷たいまなざしは刃となって俺へと襲いかかってくる。神通力のおかげで太刀筋はある程度読めるものの、それでも、防戦気味である。
強い……
魔法使いといえども、剣の腕はおそらく俺以上であろう、それどころか、教官やシータよりも強いかも知れない。何よりも、今まで受けてきた剣とは異なる、柔らかく、そしてしなやかな女性的な剣の使い方に、俺はまだ慣れていなかった。
まずっ……
リラの剣が俺の顔めがけて飛んできた。それをなんとか、後ろに身体を反ってかわす。そしてそのまま距離を取った。
なにやら頬につめたい感覚を感じる。左手で拭うと、手は少し赤くそまっていた。
「九尾よ、その程度ですか?あなたの想いとやらは?」
リラは再び冷たい口調で、言う。息一つ切れてないようだ。何よりも、太刀筋が完全に読み切れない。
「強いね……」
しかし、負けるわけにはいかない。俺には背負っているものが沢山ある。
再び、刃が交わる。
しばらく戦うと、次第にリラの軌道も見えてくるようになってきた。
リラの斬撃をかわすと、リラめがけて龍神の剣を思い切り振り抜いた。リラもなんとかかわしたようだが、服は直線上に切り込みが入っている。
リラは少し距離を取って、また冷たく呟いた。
「やりますね……流石です、九尾」
「私は負けられないって言ったでしょう?」
そう、俺はこの人を超えなければならないのだ。
リラは静かに構える。お互いに分かっていた。次が最後の斬り合いになると。だからこそ。
再びリラが先に動いた。少し遅れて、俺もリラへと向かって行く。
リラは左に剣を振りかぶった。
見えたっ……
鋭く振られた剣を俺は身体をねじってかわし、そのままの勢いでリラに向けて剣を振り抜く。リラも必死に防ぐが、リラの刃はリラの手を離れていた。そして……
俺は想いを込めた剣をリラへと突き刺した。確かに、剣はリラを貫通していた。
俺の手まで、滴がしたたってくる。そして、リラは苦しそうな様子でゆっくりと口を開いた。
「九尾…… 後はあなたに託しました…… アルヴィスを打ち破り……世界を……」
そう言うと、リラの身体は俺へと倒れ込んできた。その時見えたリラの表情は、先ほどまでの冷たい表情ではなく、何処か安心したような、彼女の本来の優しさに溢れたような表情だった。
「リラさん……」
俺は立てなかった。太ももの上に横たわるリラの冷たい顔に数滴、水がしたたる。
「イーナ様!」
その結末を見届けたルカ達もこちらに走ってきた。
「アルヴィス……」
俺は小さく、リラが言っていた言葉を呟く。その言葉に沈痛な面持ちのナーシェが静かに答えた。
「アルヴィス…… 亡き帝国の皇子もアルヴィスと言ったはずです……」
また帝国か…… しかし今はそんな事を考えている余裕はなかった。
「どうして……こんなことに……」
救おうと思っても、また一つ、俺の手から命がこぼれ落ちていく。
それでも……
俺は、走り続けるしかない。
悲しんでいる場合じゃない。
俺は冷たくなったリラを優しく持ち上げ、床へとゆっくりと下ろした。
「イーナ様?」
ルカがこちらを向く。ルカの眼は赤くなっていた。
俺は立ち上がり、横たわるリラの方を向いて、笑顔で言った。
「あなたの分も、私が背負って生きてくよ」
静かに眠っているリラの表情は何処か、笑っている…… そんな気がした。




