218話 対峙
「はっ!」
アガレスに打ち込んだ剣戟。だがいとも簡単にアガレスは私の攻撃を剣で防ぎカウンターを入れようとしてくる。接近戦では埒があかない。いやむしろ、力で劣る私の方が不利と言っても良いのかもしれない。
だがそうは言ってもここで負けるわけにはいかない。アガレスを倒さないと、せっかくこちらに傾きかけた流れを再び相手に渡すことになってしまうのだから。
「氷の術式…… 雪月花」
私の周りに氷の塊が無数に生成し、一気にアガレスに向かって飛んでいく。その攻撃をもアガレスはいとも簡単に剣で防いでいった。
だが、それも私の狙い通りであった。
氷の弾幕を陽動にし、アガレスが切っている隙に一気に距離を詰める。
「そんな子供だましは無駄だ」
だが、アガレスはその攻撃すらも見切っていたようで、すぐさま私にめがけ剣を振るってきた。すんでの所で私は身体をひねりアガレスの攻撃を躱したが、これでは本当に埒があかない。アガレスには隙がなさ過ぎるのだ。
最終手段でもある「陽炎」を使う?確かにあの攻撃は強力だが、もし仕留められなければ、逆に討ち取られるのはこちらである。あの攻撃は隙が大きすぎる以上、アガレス相手にはそう簡単に使えない。
少しでも隙が出来れば、「陽炎」をぶちこめるのに……
「俺達も加勢するぞ!イーナ様!」
叫びながら、アガレスの元へと突っ込んでいくラナスティアの兵士達。戦場にいる連合軍の皆がすでに理解していた。あの男は倒さねばなるまいと。
「待って!」
だが、アガレス相手に兵士達が敵うことなどないことはわかっていた。静止も空しく、アガレスに向かって行った兵士達は次々とアガレスの剣の餌食となっていく。
それでもなお、アガレスめがけ特攻を仕掛けるラナスティア兵士達。もはや私の制止も無駄に終わりそうであった。
否。
命をかけてアガレスに立ち向かった兵士達の心意気を無駄にするわけにはいかない。これ以上犠牲者を増やさないためにも、一気に決めなくてはならない。
出し惜しみはしない。最高出力でアガレスを仕留める。
「くそったれ!」
アガレスめがけ剣を振りかぶりながら近づくラナスティア兵士。アガレスは冷静にその兵士を斬る。だが、倒しても倒しても次から次へと自らの元へとつっこんでくる兵士達に、アガレスも少し困惑していた。
「無駄だといっているのに、どうして命を捨てる?」
「皆で…… 守るんだ…… お前らの好きになんてさせてたまるか……」
「……くだらんな……」
また1人、アガレスの剣が兵士を切り裂く。何とかもう少し……隙が出来れば……
「くそがあ!」
「何度繰り返すつもり……」
そして、新たに斬りかかってきた兵士に剣を向けたとき、アガレスは自らの身に起こった違和感に気付いた。アガレスの左脚に、剣が突き刺さっていたのだ。アガレスが下に視線を下ろす。
――一体誰が刺したのだ。
その正体は、先ほど自らが一突きにしたリオンであったのだ。
「隙を見せすぎた…… 馬鹿め……」
リオンの一撃に、アガレスに完全に隙が出来た。その隙を逃すわけにはいかない。その瞬間に私はすでに動いていた。
――捉えた!
「炎の術式 陽炎!」
声と共に、アガレスの身体を炎が一気に包む。だが、アガレスは他の兵士達とは異なり、炎に包まれてなお声を上げると言うことはなかった。ただ、無言のまま炎に包まれるアガレス。私は思わず自分の感覚を疑った。もしかしたら効いていないのかも知れないと。
アガレスは何も言わずに、ただこちらを見ていた。アガレスの口元が静かに動く。
「……」
そしてそのままアガレスの姿は炎に包まれて消えていった。
「倒したのか……?」
生き残っていた兵士達は、困惑しながら、本当に奴を倒せたのかと声を上げる。私とて、未だに信じられなかったが、完全にアガレスの気配は消えていた。そしてもう一つ、アマツに関してもすでに決着がついていそうな雰囲気だった。
「あなたたち~~喧嘩を売る相手を間違えたんじゃないの~~?」
エールを完全に追い詰めていたアマツ。そして、私が戦いを終えたのと同時のタイミングで、アマツの一撃がエールの頭部に直撃する。
重いアマツの拳をもろに食らったエールの身体は、遥か遠くの方まで宙を舞った。
――うわぁ……
どしゃ!という音が戦場に鳴り響き、そのまま、エールの身体は横たわったまま、動かなかった。その光景を見たラナスティア兵士達は歓声を上げる。
うおおおおおおおお!
再び勢いに乗り攻め立てるラナスティアの兵士達。もはやその勢いに飲まれることしか出来なかったシーアン軍達はどんどんとやられていくことしか出来なかった。
「……イーナ様!」
心配そうな表情を浮かべながら、私の元に駆け寄ってくるルカ。そんなルカに私は笑顔を返す。
「終わった…… んだよね?」
「……わからないけど、たぶん……」
全く倒した実感などなかったが、ひとまず、アガレスとエールに関しては、起き上がってくる様子もなければ、再び姿を現してくるような様子も無い以上、倒したのだろう。味方も勢いづいた以上、ひとまずは、私の出番も今は無さそうである。
「ぐぅ……」
低いうめき声が私の耳へと届く。周囲を見渡した私の視界に入ってきたのは、アガレスに一撃を加え、隙を作り出してくれたリオンの姿であった。慌てて、私はリオンの元へと近寄った。




