22話 わたし、九尾になりました!!
とりあえず、ここで一区切り……
「ルカ、麻酔がはじまったら、これをゆっくり5数えたら1回おしてね!」
ルカに人工呼吸用のバッグを預ける。ルカは麻酔の呼吸管理をやったことがないので、不安そうな様子であった。しかし、そんな事を言っていられるような状況でもあるまい。
そして、俺は、目の前に横たわるすっかり衰弱してしまった妖狐の長に声をかけた。
「サクヤやるぞ」
「うむ」
麻酔薬をゆっくりと投与していく。そして、ゆっくりと、サクヤの意識が落ちていった。眼瞼反射も失われた。手術の準備は出来た。
正直、心不全が出ている以上、麻酔に落とすのはギャンブルだ。しかし、やるなら今しか無い。これ以上粘ったところで、状況は改善するどころか悪化するのは明白である。サクヤを助けられる可能性が一番高いこの時に賭けるほかはなかった。
「いーち、にーい、さーん、しー、ごー」
「いいぞ、ルカそれでキープするんだ」
大丈夫、今のところ安定はしている。
「イーナさん、狐の手術したことあるんですか?」
助手として手伝ってもらっているナーシェが問いかけてきた。
「ないよ、でもやるしかない」
消毒の後、ゆっくりとサクヤのお腹にメスを入れる。いきなり胸腔をあけるのはリスクが高い。まずは、肝臓の様子を見るために腹腔にアプローチをかける。
「見えた」
その光景を見たとき、俺とナーシェは言葉を失った。
「これは……」
今まで見たことがない、虫といって良いのか分からないものが、びっしりと肝臓に癒着していた。もはや、どこまでが肝臓でどこからか虫体か不明瞭である。おそらく、心臓も同じような感じなのであろう。
「だめだ、これは取り出せない」
「ですね…… イーナさんどうします?」
「閉じるしかない…… きっと心臓も同じようになっていると思う」
そのまま、手術は中断となった。
サクヤが目を覚ますまでは時間はかからなかった。正直、目を覚ましてくれただけでも俺はほっとした。下手をすれば、もう戻ってこないという可能性も十分にあったからだ。意識はもうろうとしていたが、次第にサクヤの意識も落ち着いてきたようだ。サクヤのそばには俺1人、皆には、外で待機してもらっている。
「イーナよ、どうであった?」
サクヤが問いかけてきた。俺はなんと言えば良いか、言葉が出なかった。
「そうか……」
サクヤは俺の表情で全てを察したようだ。
「正直、癒着がすごくて、手は出せなかった。すまん」
もう少し早く、サクヤの異変に気付いていれば……言い出したらキリがないのはわかってはいる。わかってはいるのだが……
「いいのじゃ」
サクヤは少し宙を見あげるような感じで、何処かに視線を向けている。
「イーナよ」
そのまま少しの間、言葉を飲み込んだ後に、サクヤは静かに口を開いた。
「わらわは助からないのじゃろ?」
「……」
俺は何も言えなかった。助かる可能性が無いといえば嘘になるかも知れない。ただし、見た感じだと、おそらく限りなく0に近いであろう。
「イーナ、そちとの旅楽しかった」
「サクヤ、お前何を……」
「大丈夫じゃ、まだわらわが生きられる手段は一つだけある。しかし、そちの協力が必要じゃ……」
「サクヤ、言ってくれ」
俺は何となく察してはいた。サクヤが生き残るための方法。それは……
「分かっているじゃろ?そちと憑依していれば、わらわが死ぬことはない。肉体はそちのものじゃからな。ただし、今度はおそらく憑依を解くことは出来ないがな」
「何となく気付いてたよ」
「のう、イーナよ、そちは人間じゃ。それに妖狐とは関係のない。だからそちに負担はかけたくないというのが本音なのじゃ……だが……」
「負担だなんて……それに、関係がないなんて言わないでくれ!」
俺はつい声を荒げてしまった。すぐに、目の前にいるすっかり弱り切ってしまった妖狐の存在を思い出した。
「ごめん」
「そちが、そこまでわらわ達のこと、気にかけていてくれたのは大変嬉しいぞ」
そういうと、サクヤは笑っていた。
「サクヤ……」
おれはもう、決めていた。そして、その決意を力を込めてゆっくりと口に出す。
「俺は…… 俺が!九尾として生きていくよ!」
「そちならそういうと思ったわい」
サクヤのあどけない笑顔に、つい俺も笑っていたようだ。
「もう、生で肝臓は食べないよ」
「そうじゃな!生は駄目じゃな!」
サクヤは高らかに笑って、少し落ち着いた後に、俺へと最後の確認を行った。
「本当に良いのか? そちはもう、戻れないぞ、人間には。本当に九尾として、生きても良いのか?」
「ああ!」
サクヤが静かに、手を俺の方へと伸ばした。これに触れたら、もう飯名航平には戻れないだろう。でも、それでいい。俺にはイーナとして大切なものが沢山出来てしまったから。
そして、俺はゆっくりとサクヤの手に触れた。
処置室のドアを開く。皆、俺とサクヤの帰りを待っていたようだ。
「イーナ様!」
ルカが走ってきた。続いて皆も近寄ってくる。俺はルカを抱き寄せて力強く言った。
「大丈夫、九尾は助かったよ」
――うむ、安心するが良い! わらわもイーナも生きているぞ!
「良かった…… 本当に良かった……」
ルカは大声で泣いている。
ナーシェは察しているのだろう、喜んではいたが、その表情は何処か辛そうな感情が浮かんでいた。
そう、俺はもう引くことが出来ないのだ。
だからこそ、サクヤを苦しめた病気の真実を解明しなければならない。
そして、もう一つ。
九尾として、妖狐を守っていかなければならない。たとえ、どんな高い壁が立ちはだかっていたとしても。それが、サクヤから九尾の座を引き継いだ、俺の役割なのだ。




