193話 またしても山
「イーナ様!鳳凰が!鳳凰が降りていきます!」
そう叫んだのは、私を背中に乗せてくれていたルウであった。ゆっくりと、山に向かって降りていく鳳凰。私達の目の前には、先ほどまでどこまでも続いているような森ではなく、雲にまで届きそうなほどの高い山々が連なっている。
「また、山かあ……」
「もしかしたら、私達の里と同じように、あの山に鳳凰も住んでいるのかもしれませんね!」
ルウが、無邪気にそう言葉にした。黒竜といい、麒麟といい、皆人里離れた険しい山に住んでいる。思い返せば、私達妖狐の一族だって、それに大神や大蛇も、人里離れた険しい環境で暮らしていた。
なにもこんな暮らしづらそうな場所で生きなくても、とは少し思ったが、それは私が人間サイドであるからそう思うだけであって、彼らからしたらこういう環境の方が住みやすいと思うのかもしれない。
目の前に広がる山々は、ル・マンデウスに負けないほどに、むしろそれ以上に険しい環境が広がっていそうだ。こういう場所の方が外部からの侵略に怯える必要というのはないのは間違いない。ある意味では、厳しい環境というのは、そこで生きれる生物が限られている以上、安定した生態系が成り立っているのだ。
「鳳凰って、どんな力を持っているんだろうね!」
考えれば考えるほどに、私の好奇心が増していく。名前からして、圧倒的な風格が漂っている鳳凰。おそらくは、九尾や黒竜に匹敵するような能力を持っているに違いない。
「それにしても……」
「どうかしたんですかイーナ様?」
「いや、どうして鳳凰がわざわざ私達の前に姿を現したのか、少し不思議に思って!選ばれし者しか会えないとさえいわれているような存在なのに…… それに、わざわざ私達を誘っているように降りていくって……」
「きっと、イーナさんが鳳凰に選ばれたんですよ!」
私の疑問は解決されないままではあったが、いずれにしてもあの山に行けば、そして鳳凰に会えば、その答えはわかるだろう。
「ルウ!鳳凰を追ってあの山に降りよう!」
「かしこまりました!イーナ様!」
ゆっくりと山へ向かって下降を始めるルウ。その背中から私は、リンドヴルムの方に向かって、声を上げた。
「リンドヴルム!あの山に降りるよ!」
「了解!カラマ!リン!しっかり捕まってろよ!」
私達の後をついてくるリンドヴルム。その背中でカラマは平然と、そしてリンは落ちないように、しっかりとリンドヴルムの背中に必死で捕まっているようであった。
なおもゆっくりと山肌に広がる森に向かって降下していくルウ。私は、後ろを飛んでいたリンドヴルム達の方から、目の前へと視線を戻した。眼下に広がっていたはずの森は、すでに間近まで迫っていた。
「イーナ様!着陸します!しっかり捕まっていて下さい!」
ルウは、木々の隙間へと無理矢理突っ込んでいった。木のすれすれを、ぎりぎりでかわしながら地面へ近づいていくルウ。私も振り落とされないように、ルウの背中に必死でしがみついていた。そして、うっそうと茂った森の隙間に、私達は降り立ったのだ。
「大丈夫ですか!安全に降りられそうなところが他になくて!」
降り立った直後、人の姿に戻ったルウが私の方に声を上げた。
「大丈夫だよ!ありがとうルウ!」
薄暗い森の中、辺りを見渡したが、鳳凰がいそうな気配はない。そして、後ろをついてきていたはずであろうリンドヴルム達の姿も見えない。降りられないと判断したのだろうか?
「ねえ、ルウ?リンドヴルム達はついてきてないのかな?」
「申し訳ありません。安全に降りるので必死で、リンドヴルム様達の事は見ていませんでした」
申し訳なさそうに頭を下げるルウ。
「ルウは悪くないよ!こっちこそ見てなかったから…… まあリンドヴルムの事だし、カラマさんもついてるし…… 大丈夫だとは思うけど……」
それよりも、まず私達が気にしなくてはならないことは、この周囲が安全かどうかと言うことである。何かが襲いかかってくるような気配は全く感じられなかったが、未知の場所と言うだけあり、どんな危険が潜んでいるかはわからない。
「もしかしたら安全に降りれそうな場所を探しているのかもしれないし……まずは、私達がいまできることをやろう!」
「そうですね!見た感じ、周りに鳳凰はいなさそうですが……」
「鳳凰を探しがてら、周りの調査をしてみない?この場所が安全かどうかも確かめたいし……」
私の提案に首を縦に振ったルウ。リンドヴルム達と合流するべく、そして鳳凰と出会うべく、私達は、降り立った周辺の調査を始めることにしたのだ。




