192話 鳳凰の下へ
「鳳凰……?」
姿形ははっきりとはしなかったが、遠くからでもわかるその輝き。明らかに普通の鳥ではない事は明白である。驚きを隠せないような様子で声を上げたのはカラマであった。
「まさか……!?」
「イーナちゃん!!」
すっかり見とれてしまっていた私の耳に、再びナーシェの声が飛び込んできた。せっかく見つけたかもしれない手がかりをみすみす見逃すわけにもいかない。追わなければ。
「テオ!いける!?」
「ニャ!すぐ出せるのニャ!」
ここでもたもたしているわけにはいかない。私は、そのままカラマとリンの手を取り、飛空船の方へと駆け出した。
「カラマさん!リン!話は後!すぐに追うよ!乗って!」
飛空船に先に乗り込んでいた皆に続いて、最後に私達も乗り込む。ほとんど同時のタイミングで、空へと上がっていく飛空船。先ほどまで鳳凰と思われる何かがいた方向の空を見ると、その姿は消えていた。だけど、それでも…… あそこに行けば何かがわかる。そんな確信に近い思いを、この場にいた誰もが描きながら、ただ無言のまま時だけが過ぎていった。
そして、無言の船内に、突如としてテオの声が響き渡る。
「イーナ様!まずいのニャ!魔鉱石の力が弱くなってるのニャ!おそらくは、この先に大きな魔鉱石の鉱脈があって、これ以上は飛空船は無理なのニャ!」
鳳凰と思われる存在が、もう手の届きそうな場所まで来ている。今更、諦めるわけにはいかない。こうなれば、執れる手段は一つしか無い。
「テオ!ごめん!このまま飛空船を何処か安全そうな場所に下ろすことは出来る!?」
もう、私の考えていることは、皆わかっているようであった。ルウとリンドヴルムをまた頼りにするのは、申し訳ない気持ちで一杯だったが、ここまで来て私だっておいそれと退く訳にはいかない。
「無念だニャ……イーナ様!後はよろしくお願いするのニャ!」
「イーナ様!準備は出来ています!」
「オレもだ!いつでもいけるぞイーナ!」
ルウもリンドヴルムも、すでに飛び立つ準備は万全と言った様子で、私に声をかけてきた。後は、誰が行くかという話だけである。
「イーナ…… いってくるんだ。こっちは俺が残る。それならば心配は無いだろう」
先ほどのアガレスではないが、いつまた敵に出くわすかわからないし、降り立った先が安全かどうかもわからない以上、飛空船にも戦力を残す必要があった。ミズチの提案は、私にとって大変ありがたいものであったのだ。
「ありがとうミズチ!こっちのことはお願いするよ!」
「ルカちゃんの事は私に任せて下さい!イーナちゃん!」
そして、ナーシェも明るく、そう口にしてくれた。ミズチとナーシェが残ってくれるというのならば、これ以上に心強いことはない。
「イーナさん!私も連れて行って下さい!鳳凰に……鳳凰の姿を、どうしても私は見届けたいんです!」
力強く声を上げたのはリンであった。だが、ここからは何が起こるかわからないし、飛空船という拠点がなくなるのも事実である。
「危険かもしれないよ。私も守れるかどうかはわからない…… それでも……」
「それでも、私は行きたいです!」
再び、頷きながらこちらを真っ直ぐと見つめてくるリン。そして、そんなリンをフォローするように口を開いたのは、意外にもカラマであった。
「イーナさん。彼女のことは、私が責任を持って守ります。彼女と、そして私も一緒に連れて行ってもらえないでしょうか?」
予想外のカラマの言葉に、驚いたように目を見開くリン。そう、この国の人達にとって、鳳凰はある意味では神同然の存在であるのだ。選ばれし人間しか姿を見ることを許されないと言われるような存在を前に、例え危険が待っていようとも退くことを選ぶような人間はいないだろう。
「わかった!リンドヴルム!2人の事は頼んだよ!」
「おう、任せろイーナ!」
リンドヴルムも私の言葉に力強く応えてくれた。皆の気持ちが一つになった瞬間でもある。
「行きますよ!イーナ様!」
そう言って一足先に飛空船の外へと飛び出したルウ。先ほどまで少女だったルウの姿は、船外に出ると同時に、再びドラゴンの姿へと変わった。
「後のこと、それにルカの事頼んだよ、ミズチ、ナーシェ、テオ!」
そう言って、私は外を優雅に飛んでいるルウの方へと視線を向けた。そのまま、ゆっくりと脚を外に踏み出し、床のない空へと歩を進める。先ほどまで感じていた地面の感覚が一気に消え、私の身体は重力に引っ張られるかのように、風を先ながら下へと落下していった。
そんな私を包み込むように、ルウの背中の感触が伝わってくる。私達に遅れて、カラマとリンを乗せたリンドヴルムも、ゆっくりと大空へと羽ばたきを進めた。
「ルウ、無理ばかりさせてごめんね」
「大丈夫です!イーナ様!謝らないで下さい」
「ありがとう!このまま真っ直ぐ!目指すは鳳凰の元へ!」




