190話 カラマとアガレス
森の方を向いたまま動かないカラマ。だが、動かないながらも、怒りにも似た、何処か近づきがたい雰囲気を出しているカラマ。先ほどのアガレスと言う男とカラマとの間に何があったのかはわからないが、どう見ても良い関係を気付いているとは言えないだろう事は一目瞭然であった。
カラマに聞きたいことは山ほどあったが、そんな笑顔で話せるような状況ではない。どう話を切り出したら良いものか、と悩みながらカラマのそばによると、意外にもカラマの方から私に話しかけてきた。
「勝手につけてきたこと、申し訳ないと思っています。最近、シーアン周辺で怪しい組織が動いているという噂があり、そんな折に、あなた方が急に王の下へと現れた」
「私達がその組織の人間と繋がっているかもしれないと……?」
「あなた方はイナンナ女王の書状をもっていました。エンディア国は、古くから我がシーアンとも良好な関係を築いている国。イナンナ女王が書状を書くとなれば、信頼に足りる人物である事はわかっています。それでも、王はまだ若く、今の体制も盤石ではない以上、事を慎重に進めていかなければならないのです。王の失脚を狙っている者は沢山いますので」
「わかってるよ。私達の調査をしていたことも、別に怒ってはいない。私でもそうすると思うし……」
何故、カラマが私達をつけていたのかと言う理由は十分に理解できた。おそらくは、王か、それに近い人間の指示でそう動いていたのだろう。もちろんその素性を知られないように振る舞わねばならないし、尚且つ、王陣営にとっても信用できる人間でなければその任はつとまらないだろう。つまりはカラマは、この国にとって信用できるような人間であると言うことだ。
そしてもう一つ、私が気になっていたこと。それはカラマとアガレスの関係である。一体先ほどのアガレスという男は何者なのか。少なくとも、カラマは知っているようである。今度は私の方からカラマへと尋ねてみる。
「さっきの……アガレスとか言う男……顔見知りのようだったけど……」
「アガレスは……元々シーアンの出身です。昔は、共に切磋琢磨した、ライバルとも言えるような存在でした。ですが、あるときアガレスは私達の目の前から姿を消しました」
「シーアンの出身?それに……一緒に切磋琢磨したって……」
「元々、何を考えているのかよくわからない男でした。言ってみれば戦いにしか興味の無いような男…… アガレスと私は元々王立学校の同期でしたが、私は一度もアガレスに勝ったことはありません。いわば剣の達人とも言えるような男です」
先ほど手を合わせてみた感じ、少なくとも剣の腕では、私は到底敵わないだろうし、ミズチと同等か、それ以上と言っても過言ではないだろう。あれだけの腕があれば、軍隊にいれば、ある程度のポジションにも十分つけたはずであろう。でも、アガレスはそうしなかった。
「イーナさんは先の戦いの話をご存じでしょうか?」
カラマが静かに、私へと問いかけてきた。
「先の戦い?ローナン地方の内乱の話なら聞いたけど……」
「そうです。前王の体制に不満を持っていた諸侯達によってあの惨劇は引き起こされました。そして、平定に大きく貢献したのが現王であるワン様。結局はその功績が認められ、王は民の支持を得ていったのです。しかし、王の活躍の裏には、アガレスの存在が大きかった」
「そんなにも、活躍したのに……どうしてアガレスは王の下を去って、白の十字架に?」
「それは私にもわかりません。そして、奴らの組織……白の十字架というのですね。おそらくは私や王が追い求めている組織と同一のはず……イーナ様、よろしければその組織について、知っていることを教えては頂けないでしょうか?」
カラマはそう言うと、私に向かって深く頭を下げた。ここまで色々と教えてくれたカラマに、今更情報を出し惜しみする意味も無いし、何より現王体制とはぜひ良い関係を築いておきたいものである。そう考えれば、情報を教えるのもお互いの利害が一致する。
目の前で頭を下げたまま動かないカラマに向けて、私は、私の知っている白の十字架について、話を始めた。




