180話 跪け!
「その姿…… お前、連中の仲間だろう?」
ミズチが自らの刀に手をかけながら近づいてきた男に向かって問いかけた。男は整った顔立ちを卑しい笑みで染めながら、ミズチの問いかけに答える。
「ご名答。話が早くて助かります。面倒なのは嫌いですから」
「俺達の姿を見て、ついてきたというワケか。こちらこそ手間が省けてありがたい話だぜ」
今度はリンドヴルムが言葉を返す。
「そうなんですよ。歩き回るのは疲れますからね。あの品のない女と違って……私はスマートに行きたいのです」
「品のない女?」
そんなミズチの問いかけを無視して、男は2人に向けて口を開く。
「ご挨拶が遅れて大変失礼しました。私は白の十字架第7使徒レヴィン。以後よろしくお願いします」
レヴィンは全く警戒する素振りもなく、礼儀正しく頭を下げた。まるでジェントルマンのような振る舞いである。だが、ミズチもリンドヴルムも感じていた。表面上こそそう取り繕ってはいるが、おそらく目の前にいるレヴィンという男。こいつも明らかにやばい奴であると。
「それで、お前達は、鳳凰とやらは見つけられたのか?」
ミズチは全く臆することなく、冷静にレヴィンに向かって問いかけた。すると先ほどまで、表面上は紳士的に振る舞っていたレヴィンの表情が一気に豹変し、2人に向かって叫びだしたのだ。
「人が挨拶をしているのに、無視をするなんて何事だ!礼儀がなってない!ああ、無礼な……無礼な…… 」
「おい、なんだこいつは……?」
ミズチに向かって呟くリンドヴルム。すっかり呆然とした2人を無視し、レヴィンは1人呟きを続ける。
「……ああ、なんて無礼な連中なのでしょう。神よ。この者達に哀れみを。そして救斉を!」
「どうあがいても、まともには見えないな…… リンドヴルム下がれ。俺がやる」
剣を構え、臨戦態勢を取るミズチの指示に、リンドヴルムも大人しく従う。
「遠距離からサポートはする。気をつけろミズチ。あいつは明らかにやばいぞ」
「何故剣を構えているのです?ああ……そういうことですか……見ず知らずのしかもこんな善人そうな……信仰に溢れた……私を斬ろうというおつもりなのですね…… ああ……なんて無礼な……」
「相当頭が湧いているようだな」
ミズチはレヴィンとの距離を一気に詰め、レヴィンの首元めがけ、鋭い一撃を振るう。
だが、レヴィンの肌に剣が触れようとしたその瞬間に、ミズチの剣は跳ね返されるかのように、一気に押し戻されたのだ。
「!?」
――何だ、一体何が起きた?
思わず、ミズチは自らの感覚を疑った。初めて感じた感覚。夜叉のような強固な肉体ではじき返されたという感覚では無かった。まるで触れる事を拒絶されたかのような感覚。
「いきなり、喉元を狙ってくるとは……ああ本当に…… 礼儀がなっていない…… 嘆かわしい……」
レヴィンはまるで2人を見下すかのように、哀れみの表情を浮かべながら、そう口にする。
「そう…… まずは彼らには礼儀というものを教えてあげる必要がありそうですね…… さあ……跪け!!!」
突然に、鬼のような顔へと変わったレヴィン。レヴィンの叫び声の直後、ミズチもリンドヴルムも、まるで頭上から大きな塊を押しつけられたかのように、一気に地面へと吸い付けられた。
「!?」
「おい、ミズチ、急に身体が重くなったぞ!あいつの能力か!?」
「どうやらそのようだな……やばいぞ、リンドヴルム」
一気に2人の身体は鉛のように重くなった。地面へと這いつくばされた2人を見下しながらレヴィンは、卑しい笑みを浮かべる。
「良い姿勢です……必ずや、神もあなたがたに祝福を与えて下さるでしょう……安心して死になさい」
一歩、また一歩と2人に向けて歩を進めるレヴィン。背中に背負っていた装飾の施された剣にゆっくりと手をかける。この空間は自分が支配している、そう言っているかのような余裕そうな様子で、レヴィンはミズチのそばまで歩を進めた。
「まずは、あなたからです。自らの振る舞いに反省しながら死になさい」
そうして、ゆっくりとミズチに向けて剣を構え、恍惚の表情を浮かべながら、レヴィンは手を仰いだ。そして、レヴィンは躊躇することなく一気に足元で這いつくばっていたミズチの身体をめがけ剣を振り下ろしたのだ。だがレヴィンはすぐに違和感に気付いた。突き刺した感覚が無い。其処にいたはずのミズチの身体がない。
「!?なんだ?どうして奴の身体がない?」
「いちいち、動作が遅すぎるんだよ。余裕をかけすぎだ、馬鹿」
動揺したレヴィンの背後に立っていたのは、先ほどまで、確かに地面に押しつけられていた、ミズチであった。




