174話 手がかり
男に案内された先、扉の奥は、こじんまりとした酒場であった。カウンターの奥には見たこともないような酒が大量に並んでいる。その光景に、夢中になっていたのはリンドヴルムであった。
「何にするんだい?」
「俺はいつもので頼む。嬢ちゃん達はどうするんだい?言っておくがミルクはないぜ」
「ミルクはないけど、ホウオウジュースならあるよ」
補足するかのように、酒場のマスターだろう、先ほど顔を覗かせた老婆が口を開く。別に昼から飲むという気もなかった私は、せっかくだからとホウオウジュースなる物にすることにした。
「イーナ……俺は酒でもいいか……?」
こそっと問いかけてくるリンドヴルム。だが、ミズチやルウにも聞こえたようで、鋭い視線がリンドヴルムに向けられる。どうせ酔いつぶれるまで飲むのが目に見えているのである。こんな昼からリンドヴルムの介護など溜まったものではない。
「今日は駄目。また夜ね」
「なんだいあんたら、全員ジュースかい。ここは喫茶店じゃないんだよ」
「そうだぞ、こんな昼間から贅沢に飲めることなんて滅多にないんだ。飲め飲め!俺が世話してやる!」
男は調子に乗って、リンドヴルムに酒を勧めてくる。キラキラしながら私の方に視線を向けるリンドヴルム。
「わかったよ、今日は特別だからね!せっかく休みなのに開けてくれたことだし!ごめん私も一杯だけ頂くよ」
「イーナ様はリンドヴルム様に甘過ぎです……」
ぼそっと呟くルウ。私とてわかっているが、どうもリンドヴルムのお酒を前にしたときの嬉しそうな顔を見ていると、駄目というのも心苦しいものである。
「あいよ、後はジュースでいいね?」
「おい、お前男の癖に飲まないのか?」
男の標的は、ミズチへと変わる。男の言葉にミズチは少しいらっとした様子で無言の圧力を放っていた。これはやばい。リンドヴルムと違ってミズチは本当にやばい。何とか話を逸らそうと私は話題を変える。
「じゃ、じゃあさ、そろそろ本題に移ろうか!」
男も流石にミズチのいらだちのような者を感じたのか、先ほどまでの陽気な態度とは異なり、少し真剣な様子で私の言葉に頷く。何とか平和は保たれたようだ。
「そ、そうだな…… 確かに、お嬢ちゃんの言うとおり、年老いた女はいたそうだ。ちょうどそこのババアみたいな感じの」
「おい、誰がババアだって?閉め出すぞ?」
男の言葉に今度はマスターがいらだちを見せる。どうやらこの男は人をいらだたせる才能には溢れているらしい。
「冗談さ。冗談。そして奴らはいっていたらしい。鳳凰を探すために西にある森に行くと。確かに西には大森林が広がっているが…… 鳳凰なんぞ、いるんだかいないんだかわからないような奴を探しにわざわざこんな所まで来るなんてとち狂っているとしか思えねえ」
「西の大森林?」
「そうだ、ローナン地方の半分ほどはその森林地帯が広がっていると言われていてな。ローナン大森林と呼ばれる地域。だが、あそこは人間の世界とは異なるモンスターのすみか。どうせ行ったところで、モンスターに襲われておっ死ぬのが目に見えているというのに……」
間違いない。白の十字架の連中だろう。少なくともそんじゃそこらのモンスターごときでは奴らにとっては敵ではない。それにわざわざそんなところに行くと言うことは、奴らはすでに何らかの情報を掴んでいると言うことだろう。
「ありがとう!すごくいい話が聞けたよ!」
笑顔でそう返した私を見て、男はあきれたような様子で口を開く。
「おいおい、まさかとは思うが、嬢ちゃん達も西の大森林に行くとか言うんじゃないだろうな?」
「言うも何も、私達も鳳凰を探してここに来たんだし……」
「嬢ちゃんが?おいおい、何の冗談だ?そんなところに行ったって、宝もなければ、いるのはモンスターだけだぜ。悪いことは言わない、やめておきな。せっかくそんな可愛いのにもったいないぜ」
男の言葉に続いて、マスターまでも私達に言葉を向けてきた。
「そいつの言うとおりさ。そんな若いのに、わざわざ死にに行く必要もないだろう」
男もマスターも嘘をついているようには見えない。むしろ、どちらかと言えば、私達のことを心配してそう言ってくれているというのは、ひしひしと伝わってきた。
「イーナさん……?まさか……?」
リンまでもが不安を浮かべながら私へと問いかけてくる。だけど、私も含めて、皆の意志はもう決まっていたのだ。誰も行くことを拒否する者はいないだろう。
「ごめんね、リン。それでも私達は行くよ。リンは無理にとは言わないけど……」
「やっぱり……こんな所で1人置いて行かれてもそれこそのたれ死んでしまいますよ……わかりました……私も行きます」
リンには申し訳ない気持ちもある。だけど、わざわざシーアンまで来て今更引き下がるというわけにも行かない。
「ありがとう、リンのことは絶対に守るから」
ロックはすっかりあきれたような苦笑いを浮かべながら、持っていた酒を飲み干し、ぼやくように言葉を発した。
「本当に、妙な奴らだぜ…… この街の連中よりも遙かに狂ってやがる……」
「ありがとうねロック。また、帰ってきたときには、是非飲みに行こうよ」
「ああ、そうしてくれ、そうじゃなきゃ俺も心地が悪いってもんよ……」




