153話 降誕の儀
エンディア修行も4日目を迎えた。4日目にもなると、大分あの重さにも身体が慣れてきて、身体への負担も大分少なくなってきた。とはいえ、体中の節々が痛む。いわゆる筋肉痛というやつである。
今日は、いつもと違い、イナンナも私達の修行に同席するとのことだ。いつものように瞑想をこなし、山登りへと挑む。
イナンナやミスラは一切ペースを乱すことなくどんどん階段を登っていく。初日の私達であれば、ついていくことなど全く出来なかっただろうが、何とか身体も慣れてきた今なら二人のペースについて行ける。流石に息を乱すこと無く二人についていくというのは難しかったが、何とか二人と一緒に、皆が山頂までたどり着いたのだ。
「まさかここまで出来るようになるとは……想像以上でした」
山頂に到着したイナンナは驚いた様子で、私達にそう言った。
「イナンナさんにいい所見せなきゃね!」
「さすがはタルキス王が言っていたとおりの方々ですね…… イーナ様良ければ、九尾の力、是非私にも見せては頂けませんでしょうか?」
「九尾の力……? 一体なんのことなんですかイナンナ様?」
ミスラは何も知らないといった様子でイナンナへと尋ねた。
「イーナさん達、彼女たちの国は、モンスターの国なのです」
「なんと……!?」
イナンナの言葉を聞いたミスラは驚きのあまり、そのまま黙りこんでしまった。私達がモンスターであるという事実は、知らない人にとっては、あまり印象を与えないのはわかりきっていることだった。だからこそイナンナも私達の正体をはじめから伝えると言うことはしなかったのだろう。
「モンスターと言っても、全てが人に仇なすモンスターというわけではありません。ミスラ、あなたもイーナさん方と共に過ごしていたらわかったはずです」
イナンナの言葉に、ミスラは力強く頷く。
「ええ、彼らが悪い方々ではないことは、そばにいた私達がよくわかっています」
「もし、彼らが首を縦に振ってくれたのなら、あなたと、そして彼らと共に降誕の儀に挑もうと考えております」
「ですが、イナンナ様……」
ミスラはイナンナの言葉に戸惑っているようであった。イナンナが言った降誕の儀とは一体なんなのだろうか……?
「イナンナさん、その降誕の儀って……?」
「この国の修行者達は皆、神通力と呼ばれている力を得るために厳しい修行に挑んでいます。そして、その締めくくりこそが降誕の儀。麒麟が神の使いとして、修行者の前へと現れると言われる儀式……」
「そんな重要な儀式に、私達なんかが同席しても大丈夫なんですか?」
私も詳しくはわかっていなかったが、修行の成果を見せる場である事は間違いないだろう。エンディアの人々は言うなれば、この修行に全てを賭けているといっても過言ではないだろう。そんな神聖な場を、いきなり外部から来た私達が荒らすというわけにもいかない。
イナンナは真っ直ぐに私の目を見つめていた。そして、降誕の儀について、驚くような事実を口にした。
「降誕の儀、その正体は、麒麟の封印なのです。遙か昔、雷雨をもたらし、災害を巻き起こしていた麒麟を、初代エンディア王は自らの命と引き替えに封印しました。ですが、麒麟の力とて凄まじく、すぐに封印の力は弱まってしまいます。この国の平和を守るために、定期的に再び麒麟を封印する必要があるのです」
「じゃあ……エンディアに伝わる秘術って……」
「自らの命と引き替えに行う、封印術と呼ばれるものです。寺院に祀られている神と呼ばれる者達、呼ばれ方こそ綺麗ですが、彼らは麒麟から国を守る為に散っていった者達なのです。そしてその事実は、この国の人間といえど、一部の人間しか知りません」
「もしかして、イナンナさんも……?」
「最悪の場合はそうなるでしょう。ですが、最大の目標は麒麟の完全消滅。討伐です」
麒麟の討伐。果たして討伐してしまって良いものなのだろうか。だが、そうしなければイナンナは自らを犠牲にして、再び麒麟を封印しようとするだろう。それに、討伐とはいったってイナンナが言うように、できるものなのだろうか。麒麟の力について、わたしは全く知らないのだ。私の頭の中はすっかり混乱していたが、一つだけはっきり言えることがある。
イナンナと一緒に行けば、麒麟に出会うことが出来ると言うことだ。
「イーナさん、皆さん。恥を忍んでお願い申し上げます。降誕の儀…… 麒麟討伐に皆様のお力を貸しては頂けないでしょうか?」
イナンナは私達に向かって深く頭を下げながら、そう言葉を放った。その様子をみたミスラが、珍しくイナンナに向かって叫ぶ。
「ですが、イナンナ様!あまりに危険すぎます!彼女たちはこの国の人間では無い!我らの問題に巻き込むというわけには……!」
「いいよ」
ミスラは私の言葉に、ただ目を見開きこちらをじっと見ていた。そして、イナンナは最初に出会ったときのような少し妖艶な笑顔を浮かべていた。きっと、私達ならそう言うと確信していたのだろう。もしかしたら、私達が修行をしたいと言ったときから、全てイナンナの手の平の上で踊らされていたのかもしれない。
「私は麒麟に会うためにここに来た。だったら途中までの目的は一緒だから。その先はわからないけど……もし、麒麟を殺さずに済むならそうしたい。それを了承してくれるなら、あとは……」
「もし、彼らが私達の国に害をなさないという形で話がまとまることがあれば、あとは麒麟の処遇についてはあなた方にお任せします。そもそも話が通じるかどうかは、私も会ったことはないのでわからないですが…… そして、もちろんただでとは言いません。私もあなたも一国の頭たる身。この先の良好な関係は御約束させて頂きましょう。それに、シーアンへの紹介状も書くことをお約束させて頂きます」
イナンナは、私の考えていることを全て見通しているかのように、次々と交換条件を口にした。やはり大国の女王たる身、美人な見た目とは裏腹に相当なやり手である事は間違いない。何とか仲良くしていきたいものだ。
一応、仲間達にも確認をするが、もう答えは決まっていた。なんのために、わざわざ遠い地まで来たのか。その目的が目の前にいるというのに、首を横に振る者は誰もいなかった。
「イナンナさん、私達もぜひ降誕の儀に同席させて頂きたい。よろしくお願いいたします!」




