152話 私、まだまだ強くなります!
模擬刀を握った私は息を大きく吐き出した。久しぶりのミズチとの試合。初めてミズチと手合わせしたときには、何も出来ずに終わった。だけど今は違う。
確かに、この山のせいでいつも以上に身体が重く感じる。だけどその条件は向こうも同じである。
目の前に立つミズチは、ただ剣を構えて立っているだけではあったが、相変わらず隙という隙はない。お互い動く様子がなく、じわじわと時だけが経っていく。
「どうしたイーナ?打ち込んでこい」
ミズチが私を誘おうと少し剣を下げた瞬間、ほぼ同時に、私もミズチに向かって一気に距離を詰める。
ミズチ相手に遠慮などいらない。木刀とは言え、殺す気でいかなければ、ミズチ相手には歯が立たないと言うことは、私自身よくわかっていた。
鈍い音を立てながら剣と剣が交わる。模擬戦とは言えど、ここからは文字通り死闘である。私の剣を余裕そうに受けたミズチは、そのまま流れるようにカウンターの一撃へとつなげる。ミズチの目は完全に私を殺しに来ていたのだ。
だけど、あの頃の私とは違う、そう私にはこの目がある。ミズチの動きに全神経を集中させていた私は、まるでミズチの動きがスローモーションのように見えている。
ミズチのカウンター攻撃に慌てることなく、剣を合わせる。再び鈍い音と共に、手に重い振動が伝わってきた。だけど、あのときの圧倒されるような、巨大な肉食獣を相手にしているような感覚はもう無かった。今なら、もっとやれる。
一進一退の攻防が続く。その場にいた皆が、ミスラさえも言葉を失い、私達の戦いをただ見つめていた。戦いが長引くほどに、この山の環境がより過酷に感じていく。いつも以上に体力を消耗するこの戦い。次第に、剣を振るう腕が重く、まるで鉛の剣を振り続けているかのように重く感じていった。
「そこまで!素晴らしい戦いだった!」
限界も近づいてきた頃、剣のぶつかり合う音しか聞こえなかった訓練場に、ミスラの声が響いた。
「腕を上げたなイーナ」
そう言うミズチも肩で呼吸をするほどに、疲労しているのがわかった。剣を持つのもしんどいほどに、すっかり疲れ果てていた私ではあったが、そのミズチの言葉だけで、一気に身体の疲れが抜けていく感覚を覚える。
疲れ果てた私とミズチをよそに、他の仲間達はミスラを相手に鍛えてもらっていた。黒竜であるリンドヴルムとルウは、剣術に関してはまだまだといった様子で、ミスラに簡単に受け流されていた。それでも2人もルカも、ナーシェもそしてテオも、ミスラ相手に自らの限界が来るまで剣を振り続けていた。
「よし、今日はこのくらいで良いだろう!さあ山を下りるぞ!」
ミスラの一言でようやく一日目の修行が終了を迎えたのだった。すっかり重くなった身体に鞭を打ち、何とか山を下っていく。そして、山を完全に降り立った瞬間、平地へと戻った瞬間に、自分の身体がまるで羽が生えたかのように軽く感じた。
「すごい!滅茶苦茶身体が軽く感じる!」
興奮していた私達に、ミスラは笑みを浮かべながら冗談交じりに一言。
「今日はこれで終わりだ。明日も瞑想から始める。決して瞑想中に寝るなよ!」
もし居眠りなぞしようものなら、ミスラの厳しい喝が飛んでくるだろう。想像するだけでも恐ろしい。特にリンドヴルムは怯えた様子で、虚勢を張るかのように笑うことしか出来ないようだった。
「きつすぎるぞ!イーナ!」
夜に街の酒場で酒を飲んでいたリンドヴルムが私に向かって叫ぶ。疲れた身体にはやはりこれが一番である。疲れ切って寝てしまったルカとテオ、ナーシェを部屋に置いたまま、私とミズチ、リンドヴルムとルウはお疲れ様会という名の打ち上げに来ていたのだ。
「まあまあ、リンドヴルムも近距離戦を鍛える良い機会じゃない!」
「そうですよ。私もリンドヴルム様も接近戦は苦手なんですから 」
顔を赤くしたルウが、私の言葉をフォローするように続ける。
「見てろ!すぐにあんな男参ったと言わせてやる!」
珍しく、熱くなっているリンドヴルム。これも修行の成果なのだろう。真面目に取り組もうとしているのはいいことである。
「それにしてもイーナ。お前一体いつの間にあんなに腕を上げたんだ?南の大陸に行ってから、見間違えるほどに変わったな」
ミズチが一体何があったのか問いただしてきた。別にミズチ相手に私の手の内を隠す必要も無い。アレクサンドラに教えてもらった術式のこと、そしてル・マンデウスでの戦いで使えるようになった九尾の目の力についてミズチに話す。
「なるほどな、九尾の目の力か…… 剣筋を読まれているかのように感じていたのはそう言う事だったのか……」
「私も詳しくはよくわかってないんだけど、以前と比べたら格段に見えるようになったんだ」
「面白い、お前が強くなったのは承知の上で一つだけ言わせてもらいたい。確かにお前の目の力は強力だ。だけど目の力だけに頼るのは危険だぞ」
「わかってる。ミズチとの手合わせ、最初こそなんとかついて行けていたけど、やっぱりまだまだ身体がついて行ってなかった。ミスラは多分わかっていたんだと思う。だからこそ、あの場面で止めた」
確かに最初はミズチとも互角に渡り合えていた。それは自信を持って言える。だけど、戦いが長引くにつれて、少しずつではあるが、確実にミズチとの差が開いて言っていた。そう、体力の差であった。
「だからこそ、私はこの修行で、もっと高みを目指したい。まだまだ私には力が足りない……」
「私も、頑張りますよ!ルウは到底お二人には追いつけないですけど…… イーナ様一緒に強くなりましょう!」
「おい!ルウ!俺は!」
真っ赤になりながら、リンドヴルムが口を挟んできた。それをルウは優しくなだめる。
「リンドヴルム様も一緒に強くなりましょう」
こうして、私達のエンディア修行一日目は終わっていった。




