136話 戦いの終わり
「イーナ!本当に奴を倒してしまうとは……!」
事の始終を見ていた、リンドヴルムが私の元へと駆け寄ってくる。その後ろには、ルウの姿もあった。
「イーナ様。ガルグイユ様の敵を討って下さったこと。感謝申し上げます。いくらファフニール様と対立していたとは言え、やはり同じ黒竜。本当は平和的な関係を築くのが一番良かったのですが……」
「ルウ……」
すると、先ほどまでダウンしていたはずのヨルムンガルドも、事の顛末を見ていたようで、ふらふらの身体で起き上がり、こちらへと向かってきた。その様子を見て、身構えた私に、ヨルムンガルドは笑いながら語りかけてきた。
「そんな警戒するなよ。別に取って食いやしないさ。俺からも礼を言わせて貰う。ガルグイユとはいつも争い合っていたが…… 奴を倒すのは俺だと決めていたつもりだった……」
何処か寂しそうな表情を浮かべながら、ヨルムンガルドは天を見上げ静かにそう語った。そして、すぐに自重するような笑みを浮かべ、先ほどとは変わって笑みを浮かべながら、口を開いた。
「まあ、すっかり伸びていた俺が言うのもなんだけどな!ガルグイユの敵を討ってくれた事、本当に感謝している。それにしても、お前一体何者だ?さっきの力、とうていただの人間とは思えないが……」
「イーナだよ!今は九尾として生きている」
「そうか、あのモンスター達の国を作ったとかいう噂の…… なるほどな、面白い。気に入ったぞイーナ!ガルグイユ無き今!俺を打ち破ったお前を次なるライバルとしようじゃないか!光栄に思うが良い!」
なんだか既視感を感じる。初めてレェーヴ連合にリンドヴルムが来たときも、まさしくこんな感じであった。黒竜の定めなのかもしれない。私は少しクスッと笑ってしまった。
「まあ、一度、俺達の所にも来てくれよイーナ!迷惑をかけた侘びはさせて貰うつもりだ!今日は色々ありすぎた、俺は一足先に戻らせて貰う」
そう言うと、ヨルムンガルドは確かめるように、自らの翼を数回動かし、正常に動くことを確認すると、一気に大空へと向かって飛び立った。そして、立ち去り際、今度はリンドヴルムの名を口にした。
「リンドヴルム!」
リンドヴルムが上空へと飛び上がったヨルムンガルドの方を見つめる。
「迷惑をかけて済まなかった!あとのことはまたいずれ話そう!」
ヨルムンガルドはただ一言、そう言い残して、雲の中へと飛び込んでいった。
「じゃあ、俺達も帰ろうかイーナ」
「あ、ちょっと待って……」
私は、そのままガルグイユの亡骸の方へと歩みを進めた。その様子をリンドヴルムとルウはただ見つめていた。ガルグイユの前へとたどり着いた私は、手を合わせ、一言今は無きガルグイユへと言葉を贈った。
「あとのことは任せて。安らかに……」
すると、リンドヴルムもルウも見よう見まねで私と同じように、ガルグイユの方に向かって手を合わせた。おそらく、黒竜達の間では弔いという概念はなかったのだろう。生きるか死ぬか、ここはそういう世界だ。それは私も理解していた。ルウが、私へと尋ねてきた。
「ところで、これは何をしているんですか。イーナ様?」
「人間の世界では、こうやって死んだ者に、祈りを捧げるんだ。安らかに眠れますようにって。儀式の一つだよ」
「不思議な儀式なのですね。死んでしまえば、それはもはやただの屍。ではないのですか……?」
「ファフニールさんが言っていた、黒竜同士の関係を良好にしたいという夢。それを叶えるから、ガルグイユはゆっくり安心して休んでてって、言う気持ちを込めて祈るんだ。仮に死んだとしても、その人が其処にいたという事実は変わらないからね!あとは私達に任せてっていう気持ちを込めて、祈るんだよ」
「難しい話ですが…… なんだか悪くはない気分ですね」
「ああ、ガルグイユ、あとのことは、俺達に任せろ!」
緊張の糸が解け、安心した途端、私の視界がぐるぐると回り始めた。まずい……魔法を使いすぎた…… だんだんと狭くなる視界。ルウとリンドヴルムが何か言っているようなのはわかったが、何を言っているのかは聞き取れなかった。そして、そのままいつものように、私の意識はフェードアウトして行った。
………………………………………
気が付けば、私はまたベッドの上にいた。私のそばには、ずっとそばにいてくれたのだろう、ルカがすうすうと寝息を立てていた。
「本当に!いつもイーナちゃんは!いい加減にしないと本当に死んじゃいますよ!」
ナーシェの声に、ルカも目覚めたようで、私の顔を見たルカは満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに口を開いた。
「イーナ様!おかえり!ルカ信じてたんだよ!」
「ありがとう!いつも心配ばかりかけてごめんね……」
私のそばにいたのは2人だけではなかった。もう1人、ルウも、私を心配して付き添ってくれていたらしく、ルウは目覚めた私を見て目を赤く腫らし、珍しく声を荒げた。
「イーナ様が倒れたとき、本当に心配したんですよ!」
「倒れたイーナちゃんを、ルウちゃんが必死に連れてきてくれたんです。ほら、ちゃんとルウちゃんにも謝らないと!」
そうか…… ルウにも心配をかけちゃったな……
「ありがとう、ルウ!心配をかけてごめんね!」
「本当に…… ファフニール様にも心配をかけて……!全く…… でも……」
すっかり泣きじゃくってしまったルウは、自分を落ち着かせるように長い間を置いた後に、とびっきりの笑顔を私に向けてくれた。
「さいっこうにかっこよかったですよ!イーナ様!」




