135話 トリック
私はそのまま、後ろへと下がり、魔法で援護をしてくれていたリンドヴルムの元へと合流した。私の仮説が正しければ、アイルを倒すのには、リンドヴルムの力が必要不可欠になる。リンドヴルムに私は小声で作戦を伝える。
「リンドヴルム!ありがとう!そのまま、隙を狙って、また同じ魔法で援護して!」
「イーナでも奴に雷魔法は……」
「大丈夫!私を信じて」
そう言うと、リンドヴルムは力強く頷いた。
そして私は、再びアイルへと龍神の剣を向けた。私の姿を見て、再び笑みを浮かべたアイルは、ゆっくりと口を開く。
「何かコソコソ言っていたみたいだけど…… 何をしても無駄さ! イーナ!キミがよくわかっているだろう! どうだい、そろそろ諦めて僕に殺されるというのは?」
「ご遠慮するよ。あいにくだけど、私には帰りを待ってくれているみんながいるからね」
「まあまあ、寂しがらないでも、すぐに仲間もキミの元に送ってあげるからさ!僕を楽しませてよイーナ!」
そう言うと、アイルは私の方へと突っ込んできた。重い一撃が凄まじいスピードで、私を襲った。何とかすんでの所で、アイルの攻撃を受け止め続ける。さらに不気味な表情へと変わったアイルは、さらに激しい攻撃を私に浴びせ続ける。この目の力が無かったらとっくの昔に死んでいただろう。
「どうだい!イーナ! これだけ防戦一方でも、まだ君は僕に勝つつもりかい?」
アイルが得意げに口を開く。一瞬アイルの激しい攻撃が緩まった。このチャンスを逃すわけにはいかない。私はそのままアイルから離れるように、後方へとさがった。
「雷光之舞!」
私がアイルから離れたのをみたリンドヴルムは、すぐに雷魔法をアイルに向けて放った。凄まじい光が轟音と共にアイルを襲う。だがアイルは、やはり雷魔法を食らっても、ほとんどダメージを受けていないような様子で、リンドヴルムの方へと顔を向ける。
「だから!何度やっても!僕には……!」
「さようなら、アイル」
だが、私はその時を待っていた。次の瞬間、私の龍神の剣がアイルの胸を貫く。アイルは何が起こったのかわからないといった表情で呆然としていた。すぐに状況を理解したアイルは苦しそうな様子で小さな声を発した。
「僕が負けた……?」
私は、アイルに向けて、静かに語りかけた。
「そう、アイルの化け物じみた力、アレは雷魔法によるものでしょ?雷魔法の微弱な電気を全身に流して、無理矢理に筋力を引き上げていたんだ。だから、リンドヴルムの雷魔法を受けたときに、そのコントロールが上手く行かなくて、しばらく肉体強化が出来なくなった……」
「そこまでばれてたか…… イーナ…… 舐めてたよ」
「アイル、敗因は、その力を過信しすぎたことだ。おわりだよ、アイル。」
だが、血を吹き出しながら、アイルは再び笑顔を浮かべた。この状況でもなお、笑っていたアイルの姿に、私は背筋が凍った。どうして笑っていられる?私には全く理解が出来なかったのだ。
「血のにおい…… ああ、イーナ!僕は震えているよ!」
――まずい……
アイルに刺さった龍神の剣を抜こうとしたが、抜けない。その間にもアイルは自らの大剣を持ち上げ、私に斬りかかる準備をしていた。
そのまま力尽くでなんとかアイルから龍神の剣を引き抜き、後方へとアイルの攻撃を紙一重でかわす。
「アイル、本当に化け物だね……」
私は確かに、アイルに致命傷を入れたつもりであった。現に、アイルはすでに死んでいてもおかしくない量の血を流していた。だが、それでも、アイルは、私に向かって剣を振り続けている。
――自らの身体に無理矢理電気を流して動いている……?でも……
力任せに剣を振るうアイルの攻撃をかわすのは容易であった。まるで壊れた殺人マシーンのように、目の前にいる私に向かって剣を振るうだけ。完全にアイルの目は狂っていた。もはや、理性は無いのだろう。あるのは、ただ目の前の私を斬りたいという衝動のみであろう。
「アイル、哀れだね」
「うるさい!うるさい! 僕が負けるわけが無いんだ! 死ぬのは君だ! 僕じゃない!」
子供のようにわめき立てるアイルの攻撃をかわし、私は再び、アイルに向けて龍神の剣を構えながら、口を開いた。もう、そろそろ、この戦いも終わらせる時間である。
「炎の術式……」
「僕が負けるはず無いんだ! 何かの間違いだ!」
もはや、私の知っていたアイルの面影はなかった。血みどろになりながらも、無理矢理大剣を降り続けるアイル。そのたびに、血が噴き出し、さらにアイルの身体を力を失っていく。
人間でありながら、最も人間とはかけ離れていた少年は、今この最期の時を迎えようとしている時、最も人間らしい表情を浮かべていた。
自分が負けるはずが無いんだという自負。そして、死を拒絶するように、必死で抵抗する姿。哀れでありながらも、初めて見た、アイルの人間らしい部分でもあった。
――さようなら、アイル
私はそのまま静かに口を開いた。
「飛焔!」
剣で切ったアイルの傷口から、一気に炎が燃え広がり、一気にアイルの身体を豪火が包んだ。叫び声も一瞬で炎へと包まれ、そのまま、アイルの姿は豪火の中へと消えていった。




