132話 二転三転
――見える……!
まるで周りの時が止まっているかのように鮮明に見える世界。さっきまでより、ずいぶんと視界が広がったような感覚が生まれていた。
「イーナ!ルウ!大丈夫……そうだな…… それにしても……一体なにが?お前の目なんだかさっきまでと違う雰囲気だぞ」
リンドヴルムが安堵したように深く息を吐き、私に尋ねてきた。だが私自身、この力がなんなのかまだ理解していなかった。一体何が自分の身体に起こったのか。一番戸惑っているのは、ある意味自分である。そんな私の様子を見て、サクヤが語りかけてきた。
――九尾の神通力、魔法の力だけではない。一番の強みは瞳力じゃ。
「瞳力?」
――そう、そちも今までに経験したことはあるじゃろ?動きが止まってみるような感覚…… まさかここまで使いこなせるようになるとは思っていなかったがな!
これだけ、見えるのなら、いくら激しい攻撃が来ても対処出来そうである。要はどんな強力な攻撃だってあたらなければ問題は無いのだ。何よりこのチャンスを逃すわけにはいかない。
「ルウ!突っ込める?飛んできた魔法は私が対処する!」
「簡単に言いますね。いくらイーナ様が見えているとは言っても、私はそこまでみえてはいないのですよ」
「大丈夫だ!俺も援護する!イーナ!ルウ!今がチャンスだ!」
「全く……2人ともファフニール様が言ったとおりですね……いいでしょう。どうせこのままでは埒があかない。それならやってみる価値はあります。いきますよ」
ルウはあきれたような様子でそう口にすると、一気にヨルムンガルドとガルグイユの方向に向かって、速度を上げた。ルウから振り落とされないよう、私もルウの身体を強く握る。
「ちっ舐めやがって…… たまたま一発くらい凌いだからと言って調子に乗るなぁ!!」
ヨルムンガルドとガルグイユの激しい攻撃が、小さなルウの身体に向かって飛んでくる。すっかり冷静さを失った敵の攻撃は威力こそ凄まじいものであったが、精度はそこまででもない。
「雷光之舞!」
リンドヴルムの放った雷が、私達に向かって飛んでくる攻撃を的確に捌いていく。それだけでルウには十分であった。威力の落ちた魔法の間を、ルウはひらりひらりとかわしながら、なおもヨルムンガルドとガルグイユに向かって飛んでいった。
「イーナ様。あとは任せました」
すでにヨルムンガルドの巨体が私の目前に迫っていた。片手を目の前のヨルムンガルドに向けて伸ばし、私は大きな声で術式を唱えた。
「氷の術式…… 雪月花……」
無数の氷がヨルムンガルドに向かって飛んでいき、そして命中した。白煙と共によろめいたヨルムンガルドはすぐさま体勢を立て直しこちらに向けて叫び声を上げ反撃を繰り出そうとする。
「舐めるなぁ!小娘ぇ!」
だが、それももう遅い。隙が出来た時点で、こちらの勝ちであったのだ。すでに私もルウも、もう一撃攻撃を入れる準備は整っていた。
「氷の術式 絶対零度」
「氷雨!」
再び、氷の攻撃がヨルムンガルドへと飛んでいく。先ほどよりも近距離で命中した、ルウとのコンビネーション攻撃。白煙と共に、ヨルムンガルドはそのまま山肌へと落下していった。
「哀れだな、ヨルムンガルド、よもやそんな小娘2人に敗れるとは……」
ヨルムンガルドが墜落していく様子を、ガルグイユはそう呟きながら眺めていた。そう、まだ終わりではない。もう一匹残っているのだ。すぐに私達はガルグイユに視線を移した。
すでにガルグイユは、こちらに向けて攻撃を放つ準備を始めていた。その攻撃に備えて身構えようとしたまさにその時、ここにいるはずのない者の声が私の耳に届いてきたのだ。
「風の術式 業風!」
「!?」
途端に今度はガルグイユを、切り裂くような風の魔法が襲った。翼を切り刻まれたガルグイユもまた、そのまま地面へと落下していったのだ。
「誰!?」
何が起こっているのか理解できなかったルウが、珍しく取り乱したかのように叫ぶ。私の目にははっきりと見えていた。ガルグイユに向けて魔法を放った者の正体が。
「アレクサンドラさん…… それに…… アイル……」
まさかとは思ったが、確かに2人の姿がそこにあった。幻ではない。ル・マンデウスの頂上、2人もこの場所へとたどり着いていた。
「ルウ!降りて人間の姿に戻るんだ!リンドヴルムもこっちに!早く!」
「!? わかりましたイーナ様」
アレクサンドラはまだしも、アイルに至っては何をしでかすか私にもわからない。確かにあのとき、アイルは言っていた。黒竜を斬ると。どうにも嫌な予感しかしない。
「なんだ、イーナの奴以外にもう一匹いるようだね……」
アレクサンドラは、こちらに向かってくるリンドヴルムに対しても魔法を放とうとしていた。
「炎の術式……」
私の声に、アレクサンドラは動きを止める。そして、リンドヴルムから私へと視線を移し、こちらに向かって話しかけてきた。
「そうかい、アレがあんたの仲間ってワケかい…… まあいいさ」
その間に、私の後ろに人間の姿へと変化したリンドヴルムが、降り立ってきた。なおも警戒態勢の私達に、アレクサンドラは表情一つ変えずに語りかけてきた。
「そんなに警戒しなくても良いだろう?別にあんたと一戦交えるつもりなんて最初から無いよ」
ここで私は、アイルの姿がない事に気が付いた。アイルはどこへ行った?まさか……
地面へと墜落したガルグイユが起き上がる。逆上したガルグイユは、自らを襲った老婆に向けて、水の攻撃を放とうと叫んだ
「人間のくせに舐めるなぁ!」
だが、そんなガルグイユの様子を気にとめずに、アレクサンドラは私の方に向かって、不敵な笑顔を浮かべながら口を開いた。
「イーナ、本当に感謝するよ。あんたのお陰で面白いものを見られた。それに……」
ガルグイユの目の前には、自らの身体をはるかに超えるサイズの大剣を振りかぶったアイルが立っていた。起き上がったガルグイユの首元めがけて、アイルが鋭い剣筋で大剣を振るう。
「まっ……!」
「!? 」
ルウもリンドヴルムも言葉を失って、ただただその光景を見ていることしか出来なかった。ガルグイユの巨体は、血を吹き出しながら、大きな音と共に、力なく地面へと倒れ込んだ。少し遅れて、ドシャッ!っという何かが地面に落下したような音が、天上の台地に空しく鳴り響いたのだ。




