123話 獣医さんのお仕事
「得意分野って……私1回も交渉が得意だなんて行った覚えないんだけど……」
「でも少なくとも、この中でいったら、イーナが適任だと思うけど~~」
周りを見渡すと、皆が、私の方にまるで期待をかけるような視線を送ってきているのがわかった。
「まあ、ここに来るというのも私が言い出したことだしなあ……」
「そうそう、イーナが解決すれば、万事解決。こんな簡単な話ないよ~~」
「もう、簡単にいってくれるんだから…… そもそも、なんでそんな黒竜同士のパワーバランスが急に崩れるような事になったの?」
今まで上手く黒竜間での力のバランスが取れていたのにもかかわらず、そんな事態が起ころうとしている。何か、原因となるようなことがあったに違いない。私はそう確信していたのだ。リンドヴルムは私の問いかけに静かに口を開いた。
「ヨルムンガルドとガルグイユ、二つの一族間の仲は元々良くはなかった。だが、最近特に悪化しているのだ」
「その影響にリンドヴルム達も巻き込まれてるって事?」
「昔から、あいつらは少し力に頼るところがあってな。ファフニールが上手く、バランスを取ってくれていたのが……」
「ファフニール……の力が弱まってるって事?」
「そう。ファフニールはそもそもあまり身体が丈夫ではなかったのだが……。最近は特に調子が悪いみたいでな……」
リンドヴルムは神妙な面持ちで語った。アマツは、私が言葉を発する前に、口を開いた。
「なーんだ~~やっぱりイーナが適任だったみたいだね~~調子が悪いとなれば、イーナの出番でしょ~~」
「そうですよ!イーナちゃん!まずはそのファフニールさんに会いに行ってみるというのはどうでしょうか?やっぱり実際に見てみないと、何とも言えないですし……」
確かに、病が原因だったら、なんとかする手段はあるかも知れない。少なくとも交渉事よりは私の得意分野である。
「そうだね……リンドヴルム、ファフニールに会うことは出来そうなの?」
私の言葉に、リンドヴルムは少し明るい表情で首を縦に振った。
「イーナ、ファフニールの所へ向かうというのなら、俺が案内する。だが、流石に全員を乗せるというのは無理だ。もちろん、残ったものはうちの方に滞在していてくれてかまわない」
「ありがとう!リンドヴルム!もしかしたら治療が必要になるかもしれないし、それなら、私とナーシェ、そしてルカで行こうと思うんだけど、みんなどう思う?」
私の提案に反対するものは誰もいなかった。そういうわけで、リンドヴルムの案内で、私とナーシェ、そしてルカと3人で、ファフニールの元へと向かう事へとなったのだ。
「イーナ。今日明日は、ここでゆっくり休んでから、明後日に出発しよう。ここまで歩いてきたんだ。相当疲れがたまっているはずだ」
リンドヴルムが、私達を気遣うように、そう提案をしてくれた。正直、身体の方も相当きつかったのは事実である。リンドヴルムの提案は私達にとって、大変ありがたいものであったのだ。
「ありがとうリンドヴルム!そうさせて貰ってもいい?」
「ああ、もちろんだ。ここにいる間は、この家を自由に使ってくれ。この家は無駄に広すぎてな、このくらいの人数でいた方が落ち着くんだ」
リンドヴルムは、私達の訪問を温かく歓迎してくれた。リンドヴルムが用意してくれた食事を食べると疲れからか、すぐに強烈な睡魔が襲ってきたのである。
リンドヴルムの屋敷にたどり着いた私達は、それから死んだように眠り続けた。目が覚めたときには、すっかり、日が暮れているようで、辺りは真っ暗であった。
「やば……もう、夜??」
「イーナ、起きたんだね~~」
声のした方を見ると、窓のすぐそばで、アマツが月明かりに照らされて、こちらに笑顔を向けていた。
「アマツ、どの位寝てたかわかる?」
「明日が出発の予定って行ってた日だよ~~まあみんな相当に疲れてただろうし無理もないよ~~」
私達は、4人ずつ二部屋を使わせてもらっていた。私とルカ、ナーシェとアマツの女子?部屋と、テオ、シータ、ルート、そしてアレンの男部屋である。
まだ、ルカとナーシェはぐっすりと眠ったままのようであった。ナーシェはムニャムニャと何かを呟いているようだが、聞き取ることはできなかった。一方でルカは静かに、微動だにしていなかった。
「2人ともずいぶん、気持ちよさそうに寝てるなあ……」
「イーナも気持ちよさそうに寝てたけどね~~」
アマツはちょっと意地悪な笑みを浮かべながら、私にそう言葉を返してきた。私もアマツにつられて笑みを浮かべた。
「ねえ、アマツ白の十字架のことなんだけど……」
「何~~?」
私が考えていたのは、主に二つのことであった。一つはファフニールがどんな状態であるのか、一体私で対応が出来るのだろうかという不安である。そしてもう一つは、アイルとアレクサンドラ、白の十字架を名乗っていた2人が、もしかしたらここに来るかもしれないと言うことである。話が通じそうなアレクサンドラはまだいいが、アイルに至ってはいきなり斬られてもおかしくはないとすら思っていた。
「もしさ、あの2人が、ここに来るようなことがあったら、アマツ頼んでも良い?」
「あ~~まあ私で対処出来るかどうかわからないけど~~やるだけやってみるよ~~」
遅かれ早かれ、あの2人は黒竜の元へはたどり着くだろう。それがここであるか、他の一族の元であるかはわからないが、キャンプの方向から一番近いのはこの里であり、可能性が高いのは間違いなくこの里であろう。
何処か不安な気持ちに包まれたまま、私達は出発の日を迎えたのであった。




