121話 絶体絶命を駆け抜けろ
「リンドヴルム!やっと会えた!」
だが、私達はリンドヴルムとの久しぶりの再会を楽しんでいる余裕もなかった。周りはすっかりモンスター達に囲まれていたのだ。リンドヴルムの助けのお陰で、なんとか窮地は免れたものの、依然として、危険な状況である事に代わりは無かった。
「イーナ!こっちだ!俺についてこい!」
リンドヴルムはそう言うと、私達がここまで通ってきた道を戻るように、空を飛んでいった。その姿を見失わないように、私達は一斉に駆けだした。
「イーナ様!ケルベロスに完全に囲まれてるよ!」
「大丈夫!みんなはそのまま走るんだ!アマツ!やるよ!」
「はいよ~~ 全く、人使いが荒いんだから~~」
私とアマツで、道を切り開く。先陣を切って、アマツと2人で駆けながら、龍神の剣に魔力をこめ、一気に放出するように前方に向かって宙を斬った。私の斬撃は炎をまといながら、一直線にケルベロスの方へと飛んでいった。
激しい爆発と共に、ケルベロスの包囲網が破れたのだ。
「アマツそっちは頼んだ!みんな急いで!」
アマツと二手に分かれ、皆が逃げるまでの時間を作る。敵はケルベロスだけではない。あの気持ち悪い蜘蛛の存在もある。
「あぶなっ……」
「大丈夫?イーナ!」
ケルベロスの近接攻撃に気をとられていると、遠くから、アラクネの毒の糸が飛んできた。すんでの所でかわした毒の糸は、私を襲っていたケルベロスへと纏い付き、じゅくじゅくと音を立てながら、ケルベロスの身体を蝕んでいった。
「うえぇぇぇ……」
「あたらなくて良かったね~~」
悲鳴を上げる暇も無く、とけていくケルベロスの身体。少なくても、ルカには絶対に見せられないような光景だった。幸いにも、この攻撃により、ケルベロスの注意が一部アラクネの方にも向いたのだ。アラクネに向かって飛びかかる個体、そして、それに応戦するかのように毒を吐くアラクネ。なかなか興味深い光景ではあるが、そんな事を言ってもいられない。注意が敵同士に向いている今、逃げるのには大きなチャンスである。
「アマツ、私達も行こう!」
「おっけ~~」
私とアマツも、皆が走った方向へと駆けだした。何体かのケルベロスが追っ手は来ているものの、やはり注意を背けられたらしい。十分に対処出来そうな数である。先に包囲網を抜けていた仲間達が、私達2人の到着を待っていた。私達の姿を見たルカが叫んだ。
「イーナ様!こっち!」
「イーナちゃん!未だ後ろに!ケルベロスが!」
「わかってるよ!」
後を追ってきている、ケルベロスの数は…… 4体……。
私は立ち止まり、ケルベロスの方を向いて、手を前方へと繰り出した。いつも以上に魔力が、溢れるような感覚を感じていた。今なら、新しい技ですら出せる、そんな確信に包まれていたのだ。
「炎よ……奴らを焼き尽くせ……」
その言葉と同時に、一気に、私の後方から炎がケルベロスに向かって飛んでいった。いつもの火力の比ではない。まるで地獄の業火のように、音を立てながら、4体のケルベロスを包み込んでいった。
「これで大丈夫……もう追ってはこないよ多分!」
なんとか一段落である。すっかり皆も緊張の糸がほどけたようで、ナーシェは腰を抜かしたように崩れ落ちた。
「し、死ぬかと思いました……」
すっかり呆然としているナーシェを横目に、リンドヴルムは私に向かって、口を開いた。
「イーナ、どうしてここにいる?」
「リンドヴルムを追ってきた。なんか悩んでそうに見えたから!」
「そうか……」
リンドヴルムは一言だけ呟くと、深く息を吐いてすっかり黙りこんでしまった。まずいことをしてしまったかなあ……そう、不安になっていると、リンドヴルムは静かに再び語り出した。
「あの辺りは、黄泉の渡しと言ってな、特に強力なモンスター達の巣窟だ。俺達黒竜でも用もなく近づく者はいない」
すると、ナーシェが不思議そうな様子でリンドヴルムに問いかけた。
「なんで、リンドヴルムさんは私達を見つけられたのですか?」
確かに、こんな山の奥で、どうして私達の所に来たのか、私も疑問に思っていた。まあ会えたからそれでいいと言えばそれでいいのだが、何となく腑に落ちない。すると、リンドヴルムは落ち着いた様子で答えたのだ。
「空が光っているのが見えたからな。元々胸騒ぎがしていたが、明らかに異変が起こっているのに黙っているわけにも行くまい。そう思って見に来たら、イーナ達がいたというわけだ」
おそらくは、シータの吐いた炎や、私の炎魔法であろう。それを見たリンドヴルムが駆けつけてくれたというわけだ。これも火の精霊の加護なのかもしれない。ある意味では、あんな化け物の巣窟に足を踏み入れたからこそ、こうしてリンドヴルムと出会うことが出来たのだ。あそこに行っていなければ、ケルベロスやアラクネに襲われていなければ、私達はル・マンデウスを彷徨っていたことには違いない。
そして、私はここで、もう一つの可能性に気がついた。
「……ということは、もしかしてリンドヴルム達の里は近いの……?」
すると、リンドヴルムはすっかり笑顔になって、私達の方に向かって言った。
「ああ、もうここからすぐの所だ。ここまで来たのなら仕方あるまい。今度は、俺が俺達の里を案内しよう!」




