119話 大自然の中で
キャンプサイトの皆が、私達の出発を見送ってくれた。皆口々に、無事に帰ってこいよ、死ぬなよと同じような言葉を口にしていた。それほどまでに、私達がこれから向かうとしている場所は、過酷な場所なのである。
皆の声を尻目に、私達は歩みを進めていった。キャンプが遥か遠く、丘に隠れ、見えなくなった辺りで、私はシータに話しかけた。
「シータ、そろそろ……」
「そろそろ?なにかあるのかイーナ?」
「まあ見ていてよ!アレン!」
シータが龍の姿に変化すると、アレンは目の前の光景が信じられないといった様子で口をぽっかりと開けていた。
「おい、イーナどういうことだ!シータが黒竜?黒竜はル・マンデウスにいるんじゃなかったのか?」
意外にもアレンは、シータの姿を見ても冷静ではあった。次第に状況が飲み込めてきたような様子で、アレンは私に向かって問いかけてきた。
「シータはドラゴンだけど、黒竜じゃないよ!それに、ここにいるみんな……ナーシェ以外は人間じゃないんだ……って言っても信じてくれる?」
「信じるも何も、目の前にいるんだから信じる以外無いだろう。……まて、イーナ……お前も人間じゃ無いって事なのか?」
「そうだよ!アレンにはちゃんと言っておこうと思って……これから、一緒に旅をする仲間だから……」
「どおりで、最初からイーナ達からは不思議な気配を感じていたんだ……何となくはそうなのかもしれないと思っていたが……まさか本当に、モンスターだったとは……」
「ごめんね。だまそうと言うつもりは全然無かったんだけど……」
正直、カミングアウトする事への不安が全くなかったわけではない。ここでは、モンスターが生態系の頂点に立っている。モンスターのせいで、犠牲になったアレンの仲間も沢山いたことだろう。
「まあ、あの場ではなかなか言い出しづらいことだろうというのはわかる」
アレンは、すっかり冷静になった様子で、さらに言葉を続けた。
「まあ、でもお前達からはどうも悪い気はしないんだ。いろんなモンスター達と接してきたが、お前達は奴らとは違う。どちらかと言えば、人間に近い感覚だ。だから、俺はお前達を信じることにするさ。それにその方がロマンがあるだろ?」
アレンが、私達へと向けた笑顔は、まさに仲間に向ける笑顔そのものであった。
………………………………………
「すごいな!まさか龍の背中に乗って空を飛ぶ日が来るとは!」
アレンは興奮を隠しきれないような様子で叫んだ。眼下に広がる樹海は果てなくどこまでも広がっていた。遙か彼方には、神々しい雲に包まれたル・マンデウスが人の侵入を拒むかのようにそびえ立っていた。
そして、ル・マンデウスに近づくにつれて、風がだんだんと激しくなっていき、まるで、身を引き裂くような音が私達の周囲にこだましていた。
「イーナちゃん……寒いです……」
私やルカは、神通力の力で、寒さも平気ではあったが、生身の人間であるナーシェやアレンにとっては過酷な環境である事はいうまでもなかった。そして、遂に、シータから言葉が漏れた。
「イーナ!風の流れが激しい。これ以上はみんなを乗せて安全に飛べない。陸路に切り替えよう」
「わかった!シータ降りられそうな場所はある?」
シータは静かに樹海に向かって下降を開始した。すぐに、少し開けている場所を見つけ、ゆっくりと地面に着地した。
「ありがとう!シータ!ここからは歩きだね!」
遙か彼方にそびえ立っていた、ル・マンデウスは、すっかり目前に近づいていた。目の前に壁のように立つル・マンデウスは遠くから眺めるよりも、遙かに迫力があったのだ。
「これを……登っていくんですか……?」
ナーシェは、すっかり弱気になってしまったようで、小さな声を漏らした。他の皆も何も言わなかったが、皆々の表情は何処か不安に包まれているように感じた。
「とりあえず、今日はここで休むのはどうだ? シータも移動するのに大分疲れただろう?」
皆の不安そうな表情を読み取ってか、アレンがここで私達に提案をしてきた。
「賛成~~シータのお陰で大分近づけたしね~~」
「そうだね!じゃあここで、今日はキャンプをしようか!」
アレンは早速持っていたテントを手早く組み立てていった。ルカやテオも楽しそうにアレンの手伝いをしていた。
「ルカ!そっち側引っ張ってくれる?」
「はーい!ちょっとまってね!」
みんなでキャンプをするのなんて、久しぶりである。こういった楽しいイベントもある意味では旅の楽しみの一つでもある。
「ごはん!出来ましたよ!」
「今回は私も手伝ったんだよ~~!」
ナーシェとアマツは、私達がテントを立てている間に、ご飯を作ってくれていたようだ。自然の中で食べるご飯というのも、またいつもとは違う楽しみがある。
「美味しいね!イーナ様!」
「アマツちゃんが腕によりをかけて作ってくれたんですよ!」
「えー!アマツすごい!」
もう、みんなすっかり目の前にそびえ立っていたル・マンデウスへの恐怖を消えていた。わいわいしながら旅をみんな満喫していたのだ。そんなこんなで旅の初日は終わっていったのである。




