117話 White cross
「ほら、イーナもアイルもやめるんだ」
アレクサンドラの言葉に、アイルは大剣を収め、不満そうな表情を浮かべていた。私は、何が起こっているのかわからなかった。何故、アレクサンドラがここにいるのか?そして、アイルとどんな関係があるのか。
「アレクサンドラさん……?」
私も発動しかけていた魔法を止めた。すっかり戦意が失せた様子で、アイルはアレクサンドラの方に向かって言った。
「どうしてあなたまで来ちゃうのかなあ……?」
「良く言うよ、あたしゃ余計な争いは好まないんだ」
アレクサンドラはそのままアイルの方へと向かっていった。未だに、私は何が起こっているのか理解できていなかった。そして、アレンも同じように、呆然としながら2人のやりとりを眺めていた。まるでおばあちゃんに駄々をこねる孫のように、アイルは、アレクサンドラに向かって口を開いた。
「イーナとの戦い、楽しみにしてたんだよ!」
「待って!アイル!アレクサンドラさん……?一体どういう……? あなたたちは一体何者なの!?」
すっかり、置いてけぼりにされていた私は、2人に向かって叫んだ。すると、アイルが私に無邪気な笑顔を浮かべながら、明るく答えたのだ。
「僕かい?白の十字架第5使徒、アイルだよ!そして、同じくここにいるババアが、第2使徒、アレクサンドラさ!」
「アイル……口が悪いよ!誰がババアだって?」
「白の十字架……?使徒……?どういうこと?」
「一応……?世界を支配するとかなんとかって言ってたけど、僕はあんまり興味無いんだ!でも強い奴と殺し合えるのって楽しいからさ!!」
アレクサンドラはやれやれと頭を抱えながら、アイルの言葉を補足するように、私に向かって答えた。
「ここまで言ってしまったなら仕方ないねえ…… そう、今までの世界を壊し、新たに世界を支配するための組織、それが白の十字架の意義らしい。そんな大義に興味が無いというのはアイルに同意だがねえ……あたしゃ研究が出来ればそれでいいのさ」
「でも、イーナには感謝しているんだよ!あのクソうざかったアルヴィスを倒してくれたんだから!」
アルヴィス……?なんでここでアルヴィスの名前が出てくるんだ……
私はミドウ達と最初にあったときのやりとりを思い出した。夜叉の世界、裏世界で着々と勢力を伸ばしている組織の存在…… まさか……
「まあ、アレはまだ試作品という所だったからねえ…… いいデータは取れたけど…… それより、あんたさ!イーナ!あんた達は本当に面白いよ!是非とも、もっと研究させてもらいたいところだが……」
アレクサンドラも、今までとは違う、少し狂気が入ったような様子で笑いながら、私の方に向かって言った。
「そう、アルヴィスが死んで、使徒も欠員が出ちゃったからさ!イーナも一緒に来るかい?僕はイーナなら大歓迎だよ!」
「来るって一体どこへ…… どこへ行こうとしているの?」
「そりゃあ、僕たちが欲しい物は力さ!イーナは知ってるかい?この世界を一度滅ぼしたものの存在を!僕たちが追い求めるものはその力さ!」
「駄目だ!そんな力!手に入れたって碌なことにならない……!」
一度人類は、オーバーテクノロジーの末滅亡した。そんな力、再び手に入れたところで、制御なんて出来るわけがない。私は、2人に向かって叫んだ。
「まあ、今すぐにとは言わないよ!ゆっくり考えておいてよ!僕たちは黒竜の所に向かう。黒竜の血には不老不死の効果があるという伝説があるらしいんだ!イーナの友達が黒竜だという話で確信したよ。この先に黒竜は間違いなくいるんだね!まあイーナも興味があるというのなら、ついてきなよ!」
「やれやれ、あたしゃ行く気なんぞさらさっらなかったんだがね……まあここまで来ちゃったら一緒か……」
「まって!アイル!」
だが、私がそう叫んだときには、もうすでにアイル達の姿は森へと消えていた。今このままみんなを放置したまま、2人を追うというわけにもいかない。私はそのまま呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
白の十字架?なんでこんな所で、その名前が…… それに使徒って?それに黒竜の血…… 私の頭の中はすっかり混乱しきっていた。
すっかり静かになった広場で、アレンは私の方に近づいてきて、深く頭を下げた。
「すまんな…… アイルが迷惑をかけた。申し訳ない。短くても、あいつは俺達の仲間だった」
「なんで、アレンが謝るのさ!別に誰も悪くないよ!」
「あいつは黒竜を斬るとか言ってたよな……それは駄目だ、止めさせなければならない。リオンの民達には世話になっている。彼らの神様を斬らせるというわけにはいかない。ましてや俺達の仲間がそんな事をするなんて絶対に駄目だ」
深く下げた頭を上げたアレンは、私の目を見ながら力強く言った。ふと、目線を下ろすと、リオンの村のエルからもらった花飾りのミサンガが見えた。
いずれにしても、アイルとアレクサンドラには聞きたいことが沢山ある。彼らが向かったのが、あの死の山だとしても、私は行かなければならない。
「アレン、私はル・マンデウスに向かうよ!」
もう、死の山に対する恐怖なんて何処かへと消え去っていた。それよりももっと大きな何か恐ろしいものの力が、裏で蠢いている。そんな風にすら感じられたのだ。
「イーナ!俺も一緒に行っても良いか!沢山でいった方が、何かあったときでも助かる可能性が高いしな!お前達を放っておく訳にもいかん!」




