114話 死神が座する大地
「ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです」
私も何か挨拶しなくてはと、アレンの言葉に続いた。
「初めまして、イーナと申します」
すると、長老はこちらをじろじろと眺め、深く考えこむようにうつむいたのだ。すっかりうつむいたまま、うーむと声を上げる長老に、なんとか会話を続けようと、私は聞き返した。
「な、何かあったのでしょうか?」
「いや、すまんな。お前さんからは不思議な力を感じてな。何処か懐かしいような感覚でなんといえばよいのか……」
「懐かしい感覚……?」
「年寄りの戯言じゃ。忘れてくれ。それよりもおまえさん、何か聞きたいことがありそうな顔じゃな?この老骨に一体何のようじゃ?」
なかなかに、油断のならない爺さんである。私の考えることなど、全てお見通しと言わんばかりの、雰囲気に私はつい気圧されてしまった。
「実は…… 私達、黒竜の伝説について調べていて…… この村に来れば、何かわかるかと」
「ほう、おまえさん、黒竜の話を聞きたいと。して、聞いてどうするつもりじゃ?」
聞いた話だと、ここは黒竜を神と崇める村であるらしい。つまり、私の返答いかんでは、彼らの機嫌を損ねることにも繋がる可能性がある。
だが、きっとこの長老を前にしては、たとえ嘘をついたところで、すべてばれてしまう。そんな気がしていた。だからこそ、私は全て正直に伝えることにしたのだ。
「仲間が困っているのに、見ているだけで何も出来ない。そんなのは嫌なんです。だから私は友を助けるためにここに来ました」
「ふむ……」
再び、長老はちいさく呟きながら、何かを考え始めた。私と長老のやりとりを聞いていたアレンが、不思議そうな表情で、私の方に問いかけてきた。
「よくわからんが、お前の言う仲間って言うのはさっき話していたリンドヴルムって奴か?それと黒竜がどう関係があるんだ?」
リンドヴルム、その言葉を聞いた途端に、長老は目をかっと見開き、私の方を凝視した。
「お前さん、どこでその名前を聞いた?」
「私の友達です。彼は私に解決しなければならない問題があるから、南に行くと言って私達の元を去って行きました」
アレンは、私の話をよくわからないといった様子で、呆然と聞いていた。だが、長老は違った。
「リンドヴルム……炎のヨルムンガルド、水のガルグイユ、氷のファフニール、そして雷のリンドヴルム。この4体の竜が黒竜の中でも尤も強力な、いわば竜王と呼ばれている」
また4体の竜とか、何処かで聞いたような話が出てきた。だが、雷のリンドヴルム……確かに話が繋がっている。手がかりが得られそうである、そんな確信を私は抱いていた。
「おい、それでまたそのリンドヴルムって奴が、なんでまたイーナの友達なんだ?お前は本当に何者なんだ?」
すっかりアレンは混乱したかのように私に問いかけてきた。だが、長老は冷静に、アレンの話を遮って、リンドヴルムについての話を続けた。
「お前さんが本当に黒竜のことを知らずに、そのリンドヴルムという名を知っているのか?」
「本当に知らないよ!たまたま、私達の所にリンドヴルムがやってきた。それで知り合った。嘘じゃない」
「確かに、このところ大地があらぶっておる。もしかしたら、お前さんの言うことも真実なのかもしれない…… それに、お前さんからはどうも悪い気は感じられない……ふーむ……」
そう言うと、長老は立ち上がり、私達の前を横切り、外へと歩き出した。
「着いてくるがいい。黒竜についての話を聞かせよう」
私達は、長老の後をついて外へと出た。その間もアレンはすっかり混乱した様子で、だが私と長老の話の行く末を見守るかのように黙ってついてきた。
「あの方角、高い山が見えるだろう」
そう言って長老が示した先には、確かに雲が一部を覆い隠した高い山々が並んでいた。
「あれは、ル・マンデウスと言ってな、我々の地方で神のいる山という意味だ」
「もしかして、あそこに……リンドヴルムが……」
私の呟きに、長老は静かに言葉を続けた。
「黒竜の居場所まではわからん。だが、あの山の先、我々が未だ到達していない地域に、黒竜はいると言い伝えられている」
「おいおい、イーナ!まさかあの山に行こうっていうんじゃないだろうな?」
アレンは、すっかり取り乱した様子で、私に問いかけてきた。
「でも、あそこにリンドヴルムがいるって言うのなら、私は行くよ」
「ル・マンデウス……別名死の山。あそこに宝が眠っているだろうとあの山に挑んだものは少なくない。だが、あそこだけは、誰1人として帰ってきたものがいないんだ」
アレンは、その名を呼ぶことにすら恐れをなしたような様子で、私に向けて呟いた。その台詞を聞いた私は、先ほどまで神秘的に見えていた山々が、まるで私達を死に誘おうと呼んでいるかのような錯覚を覚えたのだ。言うなれば、恐怖という感情である。
「そう、ル・マンデウスは我々にとっても聖地。人の侵入を一切許さない、文明を拒み続ける地。お前さんはそれを知ってでも、なお、あそこに向かおうとするか?」




