表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】夏よ季節の音を聴け -トラウマ持ちのボーカリストはもう一度立ち上がる-  作者: 未来屋 環


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/35

track02. 冬人は焔を見出す-Winter Man Found the Flame-(2)

「あ、すいません」


 マイクを持っていた下級生が頭を下げる。

 丈の長いシャツからは細い足が伸びていた。康二郎の体格と比較すると大抵の男子高校生は華奢に見えるが、目の前の彼は中でも小柄な方だろう。

 焦げ茶色で少し長めの髪に、目は大きく、印象的な顔立ちをしていた。


 一方、奥でギターを()げている明るい茶髪の下級生は憮然(ぶぜん)とした表情のままだ。


「夏野さん、謝らなくて大丈夫ですよ」


 そして、その鋭い目付きで、康二郎の方を睨み付けた。


「1年の春原(はるはら)ですけど。何ですか? 俺達、鬼崎(きさき)さんに呼ばれて来たんですけど」

「あ? 鬼崎だと?」


 春原と名乗った下級生の悪いとも思っていない態度と、口から飛び出した鬼崎という名前――この二つが康二郎の導火線を(あぶ)るのは、造作(ぞうさ)もないことだった。

 康二郎は舌打ちをして、春原を睨み返す。


 ――あの野郎、俺のシフトを勝手に下級生(こいつら)に渡しやがった。


「鬼崎が何言ったか知らねぇがこの時間は俺のシフトなんだよ。わかったらさっさと出ていけ」


 しかし、春原は(ひる)まない。


「そんなこと言われても困るんで。今日は俺達が使います」

「おい、春原……」


 夏野と呼ばれた下級生がとりなそうとするが、春原は譲る気配がない。

 康二郎は頭に血が上るのを感じたが――その一方で、目の前の彼らに、少し気を惹かれてもいた。


 今春原(こいつ)は「鬼崎に呼ばれた」と言った。


 何故鬼崎は彼らをスタジオ(ここ)に呼んだのか?

 鬼崎は自分の気に入らないものについてははっきりとNGを出すはずだ。


 逆に言えば、わざわざ呼んだということは――鬼崎は少なからず彼らを評価したということだ。


 今の状況は全く面白くないが、康二郎は己の好奇心に従うことにした。


「――わかった。じゃあ、一つ条件がある」

「条件?」

「お前ら、何でもいいから1曲やってみろ。それが良かったら、今日の練習時間は譲ってやるよ。そんくらいできるだろ?」


 康二郎は夏野と春原を見下ろしながら、鼻を鳴らす。


「――それもできねぇんだったら、おうちで練習して出直してくるんだな」


 明らかにカチンとした様子の春原がギターのネックを握り締めた。


「望むところですよ。丁度(ちょうど)今からやろうと思ってたんで」

「おい、春原……」

「夏野さん、今の曲やりましょう」


 夏野は何かを言いたそうにしていたが――渋々(うなず)いた。


 春原が1年生ということは、彼が敬語で話しているこっちの夏野という奴は2年生か?

 しかし、康二郎は夏野の顔を見た覚えがなかった。

 まぁまともに軽音楽部の集まりにも顔を出していないので、仮にいたとしても康二郎が認識していないだけかも知れない。

 マイクを持っているからボーカルなんだろう。


 康二郎が夏野について思いを巡らせている間に、春原がギターを構えた。

 (たたず)まいや手捌(てさば)きから見て、間違いなく経験者だろう。

 その春原の視線の先には浮かない表情で夏野が立っているが、何かを決意したようにゆっくり頷いた。


「1,2,3,4」


 口でカウントを終えた春原が弾き出した瞬間――康二郎は納得した。


 曲は数年前に流行ったアメリカのロックバンド、Mr.Loudのものだ。

 ギターの速弾きがフィーチャーされがちなバンドだったが、ドラムも力強さと変則的なテクニックが独特で、当時は康二郎も何曲か練習していた。

 今春原が弾いている曲は、ギターの手数も多く初心者ならまず選ばない代物で、それを春原は全く気負うことなく完璧に弾きこなしていた。


 生意気な野郎だが、ギターのテクニックは合格点ってとこか。


 しかし、イントロが終盤に差し掛かった時――急に正確だった音が止まった。


「あ?」


 目の前の春原は目線を夏野の方に向けながら硬直している。

 そのまま、春原は口を開いた。


「……夏野さん?」


 横に視線を移すと――夏野の顔から血の気が引いている。

 まずい、と思った時には夏野の身体のバランスが崩れていた。


「おい!?」


 慌てて倒れる夏野を抱き止める。

 体格の関係もあり、少しひ弱そうだとは思ったが、まさかいきなり倒れるとは思わなかった。

 随分軽く感じる身体を床に座らせて、康二郎は安堵の息を吐いた。

 夏野は小さく震えていた。


「どうした、お前――大丈夫か?」

「……すいません、大丈夫です」


 ぼそりと夏野が答える。本人もかなり動揺しているようだ。

 春原も夏野に視線を合わせるように(かが)み込む。

 表情はあまり変わらないが、先程までの威勢は鳴りを潜めており、春原も狼狽(うろた)えているように見えた。


「夏野さん、すみません――俺が、勝手に」


 春原の言葉に、夏野が力なく首を横に振る。口が少し動いたが、言葉にならなかった。


 一体今何が起こっているのか、康二郎にも全く理解ができない。

 そもそもこいつらは一体何なんだ?

 全く背景の見えない二人組に内心戸惑っていたが、ふと冷静になってみると、自分がこいつらに付き合う義理も道理もない。

 はーっと深く息を吐いて、康二郎は腰を上げ、すっかりおとなしくなった二人を見下ろす。


「ま、人前で歌うのが恥ずかしいようじゃ、まだまだだな。さっさと出ていけ、練習の邪魔だ」

「……何だと?」


 春原がこちらを睨み付け、立ち上がろうとしたところを――夏野が手で制した。


「ごめんな、春原。今日は帰ろう」


 夏野がゆっくりと立ち上がる。

 少しふらついてはいたが、こちらを捉えたその眼差しに――康二郎は一瞬、息を呑んだ。


 その瞳には、まるで焔のように、熱が灯っている。


「お邪魔しました」


 そして、二人は連れ立って出ていき、後には康二郎だけが残された。


 ――何だったんだ、あれは。


 謎の訪問者に思いを馳せようとしたところで、わからないことを考えても仕方がないことに気付き、康二郎は考えるのを止めた。

 スタジオが使える時間はあと七十五分。貴重な練習時間を無駄にしたくはなかった。


 ドラムセットのセッティングをしながら、康二郎はふと先程春原が弾いた曲を思い返す。

 まんまと乗せられたようで(しゃく)だが、久々に叩いてみるか。

 康二郎は頭の中で曲を思い出しながら、椅子に座り、スティックを構えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ