track02. 冬人は焔を見出す-Winter Man Found the Flame-(1)
たとえ神に背こうとも
男は選びし道を往く
track02.
ガキの頃は何も楽しいことがなかった。
無駄に高い身長のせいで始めさせられたバスケットボール。沢山走らされるのがだるかった。
試合に負けると監督に文句を言われる。正直、負けても死なねぇし、そこまで本気になれなかった。
チームメイトとつるむのも億劫だ。
「お前は背高くていいよな」って、別に好きでこう生まれたわけじゃない。
「折角恵まれてるんだから、もっと頑張ればいいのに」って、勝手に俺のことを決めつける奴らにうんざりしていた。
――でも、あの日。
その振動が、俺の世界を拓いた。
***
――いけ好かない奴、というのが、康二郎の鬼崎に対する第一印象だった。
忘れもしない。初めて会ったのは軽音楽部の仮入部の日。
康二郎がドラムの経験者だと言うと、上級生はすぐにドラムを叩かせてくれた。
もとより康二郎もそのつもりだったので、軽く腕慣らしのつもりで演奏した。
叩き始めてすぐに上級生達は康二郎のテクニックに驚き、また初心者であろう他の新入生達は羨望の眼差しを向けてくる。
康二郎は表面上何事もないように取り繕ったが、『超大型新人』としての扱いに、内心は得意満面であった。
部活が終わってスタジオから出ようとした時、新入生の中で一際目立っていた金髪の青年が「ねぇ」と康二郎に声をかけてきた。
女性のように線が細く、綺麗な顔をしている。確か希望パートはキーボードだと言っていた。
康二郎は部活の時間に遅れたので彼の演奏を見ていないが、やけに周囲からもてはやされている様を見ると、こいつも『超大型新人』というやつなのだろう。
一瞬仲間意識が芽生えかけたが、康二郎は冷静に彼が自分の演奏を見ていたことを思い出す。
康二郎を称賛するような空気の中、彼の視線だけは違っていた。
そう、まるで――こちらの品定めをするかのように。
一体何を言われるのか、バンドを組もうとか誘われたら面倒だな、と思った瞬間――彼はその整った表情を顰め、こう言い捨てた。
「――君のドラム、うるさいんだけど」
それ以来、康二郎はほとんど鬼崎と接点を持っていない。
いや、正確に言えば、『持たないようにしている』。
同じ軽音楽部の同級生達も気を遣っているのか、単にあまり関わりたくないのか、それに関して何も言ってこない。
また、鬼崎が随分と有名人になったことについても、『知らないようにしている』。
康二郎にとって鬼崎と関係を持つ必要性はないし、思い出すだけであの日の苛立ちがよみがえるからだ。
康二郎がドラムに出会ったのは小学五年生の時のことだった。
バスケットボールを続けてはいたが、康二郎はチームの中で孤立していた。
そもそも協調性に乏しいことは自覚していた。だからこそ親は康二郎をチームに入れたのかも知れないが、わざわざ仲良くしたい仲間もいない。
そんな中で律儀に毎回練習に出る必要もないだろうと、その日も康二郎は練習をさぼって放課後の教室で時間をつぶしていた。
机に突っ伏して目を閉じていると――遠くの方で微かに音が鳴った。
康二郎は起き上がる。音は音楽室の方から聞こえてきた。
興味を惹かれて、康二郎は音楽室に向かった。
うっすらとドアを開けて中を覗くと――女性が一人でドラムを叩いている。
康二郎は驚いた。彼女のことを知ってはいた。出産で休職している教師の代理で来ており、皆に『カズサ先生』と呼ばれていた。
康二郎も数ヶ月前から彼女の授業を受けてはいたが、ピアノを弾くところくらいしか見たことがなかった。
目の前の彼女は、授業中よりも――生き生きと、躍動して見えた。
康二郎は目が離せなかった。普段は感じることのない、びりびりとした刺激が、康二郎の心をも震わせるようだった。
一通り叩き終わったのか、彼女はシンバルを手で押さえて、そして――こちらに目を向ける。
ドアの隙間から、康二郎とカズサの目が合った。
彼女は少し驚いたように目を見開いた後――得意げに口唇を引き上げる。
「どう? ――かっこいいでしょ」
それから、康二郎は休み時間と放課後、音楽室に通うようになった。
最初はカズサの見様見真似で叩いていた。
しかし、右手と左手、そして両足とそれぞれがバラバラの動きをすることに、なかなか慣れない。
康二郎は何度も癇癪を起こしそうになったが、カズサが丁寧に教えてくれたので、何とか気持ちを立て直してひたすら練習した。
半年程経つ頃には、カズサの教え方が良かったのか、それとも生来のセンスがあったのか、康二郎のドラムはかなり上達していた。
それがまた楽しくて、康二郎は練習に明け暮れた。
そして康二郎がドラムに更に傾倒する出来事が起こる。
康二郎の学校は、小学五年生で地域の音楽会に出場することが決められていた。
合唱曲が決まり、カズサはドラムパートを康二郎にやらせることを授業中で宣言した。
驚くクラスメート達の前でドラムを叩くと、これまで周囲に溶け込もうとしなかった康二郎を遠巻きに見ていた彼らの眼差しは――驚きと尊敬の色に染まった。
練習はとんとん拍子で進んでいった。
そして、迎えた本番でドラムを叩いた時のことを、康二郎は一生忘れることはないだろう。
広い会場で空気を震わせる振動と、その場のピッチを支配する感覚、演奏を終えた後の会場の歓声。
全てが初めての経験で、康二郎はすっかりドラムの虜になった。
また、それ以降、周囲の女子達が自分を見る目が変わったことも康二郎をドラムへと焚き付けた一因であった。
バレンタインデーに初めて母親以外からのチョコを受け取り、康二郎は確信した。
「ドラムの上手い奴はモテる」と。
それ以来、親に頼み込んでドラム教室に通わせてもらっている。
家では専ら紙皿やクッションを並べ、ドラムセットに見立てて練習していたが、中学に上がったタイミングでお年玉やそれまでの貯金も全て注ぎ込んで、中古の電子ドラムを買った。
バスケットボールをやっていた頃は気が向かなかった筋トレも、ドラムを叩き続けるスタミナをつける為であれば苦にならない。
結果、高い身長に加えてがたいもかなり良くなった。
将来はプロドラマーになるつもりで、今はドラム教室とスタジオを使える日以外はアルバイトに勤しみ、専門学校進学用の費用を貯めている。
勿論音楽は好きだしバンドを組んだりすることも考えたが、バンドは人間関係が面倒くさそうであまり興味が湧かなかった。
何より自分より目立つメンバーがバンド内にいると面白くない。
それだったら元々あるバンドのサポートをしたり、スタジオミュージシャンとして叩く方が、余計なしがらみもないように思う。
幸いにも通っているドラム教室から推薦を受けて出たコンクールで康二郎は入賞しており、やっていける自信は十分にあった。
(唯一の誤算は何故か彼女が全くできないことだが、それはここでは置いておく)
そんな康二郎にとって、高校の軽音楽部はただドラムを叩く場所でしかない。
しかし、ドラム教室の練習日以外に生のドラムを叩けるタイミングは、康二郎にとって貴重な機会だ。
入部以来どこのバンドにも属さず、頼まれた時に他のバンドのサポートで叩く程度だが(といっても、他を寄せ付けない態度のせいか、上級生以外にサポートを頼まれたことはなかった)、それでも康二郎用にスタジオの使用シフトは組まれており、水曜日の放課後はその内の一つであった。
そこに、見慣れない下級生が二人いたので、康二郎の胸中は穏やかでなかった。
「見ねぇ顔だな――誰だ、お前ら」




