Bonus track. エピローグ-20 years after(encore)-
――永い夢を、見ていたみたいだ。
Bonus track. エピローグ-20 years after(encore)-
微睡みから醒めると、壁の時計が目に入った。意識が少しずつ現実に手繰り寄せられていく。昨日の仕事の疲れか、少し眠ってしまったようだ。幸いインタビューの開始まではまだ時間があった。
随分懐かしい夢だった。俺は当時の記憶を辿る。高校の文化祭、LAST BULLETSとして初の野外ライブを行ったあの日のことを。
ライブ後の後夜祭で集客数のランキングが発表された。俺達軽音楽部は健闘の結果――確か三位くらいだったと思う。少なくとも鬼崎さんのハードルをクリアすることはできた。集客数としては例年と比べるともう少し上位でもおかしくなかったらしいが、首位のバレー部の喫茶店人気が凄まじかったと、掛け持ちしている亜季が気まずそうに報告してきたことを覚えている。
その後、打上げと称して皆でファミレスに飯を食べに行った。吉永と二人で音楽トークをしたのは、あの時が初めてだったかも知れない。俺の知らないジャンルの曲も沢山知っていて、その後何度かCDの貸し借りをした記憶がある。そういえば冬島さんが一年の女子達に囲まれて、何だかそわそわしてたっけ。最終的に坂本先生が全部奢ってくれたんだった。
机の上に置かれた雑誌を手に取る。初めて巻末のクレジットに『編集長:三条千歳』の文字を発見した時には驚いたが、一方で三条さんならあり得るだろうと納得したものだった。総合エンタメ雑誌でありつつ音楽に関する記事が特に充実していて、俺も数年来愛読している。
ページを捲ると、ワールドツアーを行っているKing & Queenのインタビューと上海会場のライブレポートが掲載されていた。夢の中で先程見たばかりの二人は、成熟したミュージシャンとしてそこにいる。鬼崎さんはプロデュース業も兼ね、小鈴さんは女優業でも活躍しているから、かなり忙しいだろう。特に以前の事務所から独立して暫くは色々大変だったと、マネージャーの越智さんに聞いたことがある。それでもKing & Queenとしての活動をコンスタントに続けているのは、自分達の曲を待ってくれているファンの為なのだろう。「ああ見えて達哉くん、ファンレターの返事ちゃんと書くんだよね」越智さんが優しい眼差しでそう話していたのが、印象的だった。
前に逢ったのはもう一年以上前だろうか。長い髪をばっさりと切り落とした鬼崎さんは、変わらず自分にも他人にもストイックだった。しかし、時折見せる笑顔は以前よりも柔らかく、俺達の間の空気も時を経る毎に穏やかになっていく。それが歳を重ねることなのかも知れない。それを伝えたら、「何それ、歳取ったんじゃない?」って鼻で笑われたけれど。
そう考えると、俺がコンスタントに逢っているのは御堂くんくらいかも知れない。同じ会社のメンバーでバンドを組んだ御堂くんは、仕事をしながら月一ペースでライブをしている。この前飲んだ時に聞いた話だが、ライブハウスに行ったら同じ日に何と坂本先生のバンドも出ていたらしい。ベースが更に上手くなっていたということで、今度御堂くんと一緒にこっそりライブを観に行く約束をした。
不意に携帯電話が震える。ロサンゼルスにいる亜季からSNSで写真が送られてきていた。子ども達と遊ぶ冬島さんも写っている。LAに行く時は二人の家に寄るようにしているが、さすがアメリカは家も庭も広く、初めて行った時は圧倒された。その時は庭でBBQをしたが、冬島さんも小学生の子ども二人も肉ばかり食べていて、亜季は「子どもが三人いるみたい」と溜め息交じりに野菜を取り分けていた。その穏やかな表情からは彼女が幸せであることが伝わってきて、俺も何だか幸せな気持ちになったことを覚えている。
冬島さんは様々なミュージシャンのサポートドラマーとしてアメリカを拠点に活動している。日本でも有名なバンドのレコーディングに参加したかと思えば、マイナーなバンドの後ろでドラムを叩くこともあるらしい。
「ギャラは関係ねぇけど、気に入ったバンドじゃないと叩かないって決めてんだ」
そう言って冬島さんは豪快に笑った。昔からぶれない軸を持っているこのひとは、男の俺から見ても格好良いと思う。
――俺は、どうだろう。
あの文化祭の日、俺は確かにもう一度世界に繋がることができた。
自分を見失い、拠り所に飢えていた俺を救ったのは――間違いなく、あいつだ。
今の俺は、あいつに恥じない存在になれているだろうか。
部屋をノックする音がした。そろそろインタビューの時間だろう。俺は手元のペットボトルを持って立ち上がり、部屋を出る。
『彼』に逢うのは何年振りだろう。もしかしたら、二十年くらい経つのかも知れない。あれから色々なことがあった。お互いもういい大人になって、こうして仕事で関わりが持てるのは、幸運なことだ。
会場のドアを開けると、『彼』はこちらを見て笑みを浮かべた。
こうやって旧友と改まって逢うのは少し気恥ずかしい気もするが、仕事中は仕事の顔をしなければならない。予定していた時間より十分程度早く終えて、カメラマンや周りのスタッフを残し、俺は『彼』と案内された別室に入る。向かい合ってソファーに座ったところで、お互いに顔を見合わせて、小さく笑った。
――変わらない。あの頃の面影は今も残っている。
「来てくれてありがとう。忙しかったんじゃない?」
「よく言うよ。そっちに比べれば、全然暇だわ」
『彼』は苦笑いしながらそう言って――ふと、穏やかな表情で俺を見た。
「――お前はすごいな。やりたいことやって、夢を叶えて。俺にはとてもできなかった」
「そうかな? 俺も、目の前のことを必死でやってただけだよ」
『彼』は少し寂し気に眉を寄せる。
「昔からずば抜けてたよ、お前は。俺とは明らかに違ってた。あの頃は口惜しくて、下らない嫉妬して、迷惑かけて――本当にごめん」
「何年前の話だよ、もう良いって。それより、この前Mr.Loudに取材したんだって? その時の話、聞きたいんだけど。あっちからオファー来たの?」
俺が笑ってそう言うと、『彼』は少し表情を緩めた。
「あぁ、あれな。さすがに本人達じゃないだろうけど、マネジメント会社から連絡もらった」
「へぇ、すごいな」
『彼』とMr.Loudの話をするのはいつ振りだろう。『彼』は――中学生の頃の面影を残した笑顔で、こう言った。
「まぁな。一応、音楽ライターの夏野佑って、結構その界隈では有名なんだぜ」
そのまま佑とは三十分くらい色々な話をした。逢ったのはおよそ二十年振りだ。心の奥底にわだかまっていた小さな靄が少しずつ薄くなっていく気がした。
「――またな、トモ」
別れ際に佑はそう言って、出て行った。また逢う機会がいつになるかはわからない。それでも、次回もきっと俺達は笑顔で逢えるだろう。倉庫に閉じ籠って泣いていた俺は、もうここにはいない。
携帯電話を開くと、画面には『友永繭子』の表示が出ている。
杉下さん達当時の軽音楽部のメンバーと女子会をするので遅くなるという連絡だった。高校の頃の友達は一生モノだというが、実際そうなんだろう。今でも彼女達と定期的に逢っては、仕事や家族のことなど色々な話をするらしい。俺も酒の肴になっていることが容易に想像できる。それでも、普段ピアノの先生として子ども達とばかり話している彼女からすれば、気心知れた友人達と集まる機会は良い気分転換になるはずだ。
今日は俺も外で――あいつと夕飯を食べに行くことにしよう。
そろそろ収録の為に移動しようと思ったその時、ドアをノックする音がした。
「どうぞ」
俺の返事を待って、ドアが開く。そこには――俺の相棒、春原隆志が立っていた。
「夏野さん、インタビューおつかれさま。一人だけなんて珍しいね」
春原は俺の隣に座って、オレンジ味の炭酸飲料を一口飲んだ。最近はまっているらしく、よく飲んでいる姿を見る。「俺のは?」と訊くと、笑ってコーラのペットボトルを差し出してきた。「お前ら三十半ばにもなって子どもみたいだな」と前に冬島さんに笑われたのが懐かしい。
「まぁ、いつも忙しい春原くんの分も、俺が働こうと思ってさ」
春原は変わらず俺達LAST BULLETSの作品を全て作曲している。最近は他のミュージシャンに曲提供も頼まれていて、随分と忙しそうだ。
「よく言うよ。そろそろまたソロアルバム作るんでしょ? 昨日も遅くまでスタジオに籠ってたって聞いたけど」
そう言って、春原がこちらをじっと見つめる。もうこいつとも二十年近くの付き合いだ。大体お互いのことはわかっている。そんな会話をしていると、またドアがノックされ、マネージャーが入ってきた。
「夏野さん、春原さん、そろそろテレビ局行きますよ」
「「はーい」」
二人で立ち上がり、部屋を出る。廊下を歩きながら、俺は春原に話しかけた。
「――そういえば、今日収録の後、飲みに行かない? この前のアルバムのミリオン達成祝いもまだだし」
「はいはい、別にいいですよ。どうせ秋本さんが家にいないんでしょ」
「――あ、バレた?」
春原が溜め息を吐く。
「あなたの考えていることは、大体わかるよ」
「さすが、俺の相棒」
――そして、俺達は顔を見合わせて、小さく笑った。
(了)
最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。
私にとって、音楽というのはとても大切な存在であり、いつかそれを題材にして作品を書こうと考えていました。
夏野と春原の人となりや冒頭とラストの海のイメージを抱きながらも、日々を忙しく過ごしている内に、気付けば十年以上の歳月が経ってしまい、私は創作活動からもだいぶ遠くなってしまっていました。
そんな私がこうやって完結まで漕ぎ付けられたのは奇跡だと感じております。
くじけそうな時にも、あたたかい感想や応援をお寄せ頂いた、読者のみなさまのお蔭です。
本当にありがとうございます。
終わってみれば、十年以上の歳月で培った様々な経験が、この作品を当初考えていたものよりも奥深いものにしてくれたと思います。
どんなに優れたひとであっても、何かの拍子でつぶされてしまったりすることがあります。
本人にその気がなくとも、誰かを救い、勇気付けることがあります。
未熟さ故に、誰かを想像以上に傷付けてしまうこともあります。
そういったものを見てきた経験が、いつしかこの作品の軸となっていきました。
私はこの作品を通じて、伝えたかったのです。
つぶされてしまったひとに、あなたは本当に素晴らしいひとなのだと。
無意識に誰かを救ったひとに、大切なひとを助けてくれてありがとうと。
そして他者を傷つけそれを悔いるひとに、償いは今からでも遅くはないと。
実際に自分ができなかったことを、この作品に託していました。
日々を懸命に生きる全ての方々に、この作品を捧げます。
本作が、少しでもあなたの心になにかを灯すことができたなら、これ程嬉しいことはありません。
未来屋 環
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以下、本作について、名前によるギミックがある為、多少解説があった方が良いというリクエストを頂きましたので、少しだけ書かせて頂きます。
※ネタバレ注意です。
本作品に登場する人々は、それぞれのバンド名やメンバー名に関連性があります。
主には高校生ミュージシャン鬼崎達哉率いる『King & Queen』と、主人公バンド『LAST BULLETS』で、前者はメンバー名がその名の通り『王と妃』、後者は季節に纏わる名前となっています。
King & Queenのボーカリスト王小鈴は芸名です。
現在の本名は山口小鈴で、中国人の父親と日本人の母親が離婚した際に、母方姓となりました。
芸名は離婚前の姓(父方姓)を中国語名にしたものです。
補足ですが、ワールドツアーを行う中で、小鈴は父親に中国で再会しています。
LAST BULLETSは、ボーカル=夏、ギター=春、ドラム=冬、ベース・キーボード=秋となっています。
本来メンバーはボーカルとギターのみで、本編の舞台となる高校時代はサポートドラマーとして冬島康二郎、サポートベーシスト(=シンセベース)として高梨亜季が参加しています。
なお、夏野が高校二年生の文化祭においては、LAST BULLETSのサポートベーシストを軽音楽部顧問の坂本秋良がピンチヒッターを務め、別企画(カラオケ大会)ではキーボードをCloudy then Sunnyの秋本繭子が担当しています。
ギターの春原隆志は体調の関係で中学三年生時に留年している為、実際は一学年上の夏野や亜季と同い年です。
なお、その事実を夏野は本編中は知らず、後に何気ない日々の会話の中で知ることになります。
そして、主人公であるボーカリストの本名は友永夏野です。
中学生の頃の友人、佑は自身が『夏野佑』という名前である為、夏野のことを『トモ』と呼びます。
亜季は、幼馴染みを『なっちゃん』と名前由来のあだ名で呼んでいます。
中学生の頃のクラスメート達は仲が良く、皆名前で呼び合っていました。
高校に進学して、夏野は『友永』と呼ばれ始めますが、春原が『夏野』を当初は苗字と思い込んでいたこと、それが鬼崎達軽音楽部のメンバーにも伝わっていたこと、鬼崎が公衆の面前(クラス訪問時や六月公演)で『夏野クン』と呼んだことから、クラスメート達も彼を『夏野』と呼ぶようになります。
以上の通り、本作には二人の『夏野』が存在します。
本編の主人公およびエピローグの語り手である友永夏野と、プロローグの語り手である夏野佑です。
季節(=LAST BULLETS)が音を聴かせる『夏』は、ボーカリストである友永夏野であり、観客である夏野佑でもあります。
このギミックは当初から想定していたものもあれば、書きながら姿を変えていったものもあります。
今回の連載で、個人的にも学ぶことが沢山ありました。
次回以降の作品にも活かしていきたいと思います。




