track06. サマーデイズ・ラプソディー-Summer Days Rhapsody-(1)
「――まぁ、初ステージにしちゃあ上出来じゃねぇの」
冬島が切り分けたハンバーグを口に放り込みながら、言った。
track06. サマーデイズ・ラプソディー-Summer Days Rhapsody-
「そうですね。二曲目余計にシンバル鳴ってた気がしましたけど」
春原が目の前のサラダに視線を落とし呟く。冬島が「あ?」と斜め前に座る春原を睨んだ。
「何だてめぇ、文句あんのか」
「まぁまぁ二人とも、盛り上がったんだから良かったじゃない」
亜季が笑顔で取りなしながら、夏野に視線を向ける。
「――ねぇ、なっちゃん」
夏野はドリンクバー二杯目のコーラを机に置いて、「そうだな」と笑った。
――六月公演が終わって、早二週間。始まったばかりの夏の空気に、ファミリーレストランに居る他の客達も、どこか楽しそうに見える。夕食時には少し早い時間だが、店内は多くの客で賑わっていた。
今日は夏野の提案で、練習後にLAST BULLETSのメンバーで夕食に来ている。名目は『次回公演に向けての打合せ』だが、話題は今のところ、六月公演の話に終始していた。
「そういえば、聞いた? 鈍色idiots、ギターの子辞めちゃったんだって」
亜季が切り出す。いつの間にかLAST BULLETSで一番軽音楽部に溶け込んでいるのは、亜季だ。一年生の女子バンド、Cloudy then Sunnyのメンバーと仲良くしているらしく、色々と夏野達に情報を教えてくれる。
「へぇ、そうですか」と、興味なさそうに春原が言う。
「何だ、そのバンド」と、心底思い当たらないといった様子で冬島が首を傾げた。
意外に二人は気が合うんじゃないか、そう思いながら夏野が補足する。
「冬島さん、六月公演で最初に演奏した一年生のバンドですよ。『宇宙遊泳』と『Strategy』演奏してた四人組」
「あー、あの御堂とかいうクソ生意気な奴のところか。まぁ、あいつ超ワンマンっぽいしな」
どの口が言うのかとでもいうように春原が呆れた表情をして、夏野は思わず吹き出した。出逢った当初はあまり感情の色が見えず、何を考えているのかわからない時もあったが、三ヶ月程経ち、だいぶ夏野は春原のことがわかるようになってきたと思う。
初対面の時にラフに話しかけてきた印象が強く、初めは気さくな性格だと思っていた。しかし冬島に対する態度や他の軽音楽部の一年生達とあまり会話がないところを見ると、決して器用なタイプではないのだろう。それでも、何故か春原は夏野には心を許しているようだ。
月・水・金の放課後、春原は必ず夏野の元を訪れる。水曜日・金曜日は部活があるが(元々冬島のシフトだった水曜日に加え、六月公演後は金曜日もスタジオを使えるようになった)、部活のない月曜日も決まって春原は夏野の教室まで迎えに来た。そして、CDショップや楽器店に行ったり、カラオケで練習したり、公園で音楽談義をしたりして夜まで過ごす。六月公演までは人前で歌う感覚を取り戻す為、春原の提案でストリートミュージシャンの真似事(二人の間では『修行』と呼んでいた)もしていた。その甲斐あってか、六月公演自体は何とか乗り切ることができ、夏野は喪っていた自信を幾らか取り戻せたように思う。
春原に出逢ってから、全てが良い方向に回り出している。それだけは、確実に言えることだった。
「――それより、次の文化祭公演はどうすんだ」
大盛りのライスを平らげた冬島が口を開く。
先日、部長の三条から説明があったところによると、今年度残る公演は三回。九月末の文化祭公演、年末の冬公演、そして三月末の春公演だ。中でも、学内のみの冬公演・春公演と異なり、学外からも観客を入れることができる文化祭公演は、軽音楽部のメインイベントと言っても良い。
「この前の六月公演と違って、文化祭の枠は一時間だ。曲の長さにもよるが、まぁ十曲目安くらいか? 何の曲やるか決めねぇとな」
「十曲かぁ、私付いていけるかな」
亜季が心配そうな顔をする。
「大丈夫だよ、亜季この前もばっちりだったし。前回はちょっとテクニカルに走り過ぎたから、今回はもうちょっとバランス考えて選曲しよう」
夏野が明るく言うと、冬島が真顔になった。
「夏野。お前らのバンドだ、別に俺は文句ねぇ。――ただ、お前鬼崎の奴の言ってたこと、気にしてねぇだろうな」
『技術が高いのは認めるけど、全員がガチンコ演奏で力の抜きどころがない。ハードロックが好きなオーディエンスにはハマるかも知れないけれど、一般人にはおなかいっぱいだ』
あの日、夏野は鬼崎から言われた言葉を、メンバーに共有していた。「偉そうなこと抜かしやがって」と冬島は不機嫌になっていたが、夏野は確かに鬼崎の指摘は的を射ていると感じていた。
「――ま、確かになめられないようにしようと、ちょっと力入り過ぎてたのは事実なんで。折角学外の人にも聴いてもらえるなら、沢山の人に楽しんでもらえるようなセットリストにしたいと思ってます。なぁ、春原」
スープを飲んでいた春原が、スプーンを静かに置いて頷く。
「はい。ただ、基本選曲がロック中心というのは変えずにいきたいです。俺と夏野さんがやるなら、そこは外せないと思うんで」
淡々と答える春原の言葉に、夏野は人知れず胸を撫で下ろした。それは夏野も考えていたことだった。
「だよな。よかったよ、お前の意見と合ってて。――まぁギターソロは自由だから、好き放題弾いていいよ。春原先生の超絶格好良いソロ、期待してますんで」
からかうように夏野が言うと、春原はもごもごしながら「はい」と答える。そんな様子に、「仲良いねー」と亜季が微笑み、「こいつ俺には歯向かう癖に」と冬島が苦々しげな顔をした。そして不意に、「あ」と亜季が続ける。
「そういえば香織ちゃん達から聞いたんだけど、夏休みに合宿があるんですって。私達も行く?」
その瞬間、目の前の春原の動きがぴたりと止まった。
「――合宿?」
「うん。八月のお盆前くらいに、三泊四日だって。冬島さんは行ったことあります?」
「俺? ねぇな。バンド組んでないから他の奴と練習する必要もなかったし。まぁお前らが行きたいなら別に行ってやっても良いけど。夏野、どうすんだ?」
「そうですね……」
思案する振りをしながら、夏野は春原の様子をちらりと窺う。
春原は目線を下に向けたまま上げようとしない。しかし、その瞳には動揺の色が浮かんでいるように、夏野には見えた。
瞬時に、夏野はへらりと笑顔を作る。
「すいません、俺その時期バイト入れちゃいました。タイミング悪いな」
「バイトかよ、仕方ねぇな」
「そうなんだ、じゃあ私バレー部の方の合宿行こうかな――あ、パフェ来た!」
「お前、細いのによく食うな……」
「冬島さんも要ります?」
「は!? 要らねぇし!!」
そのまま合宿の話題は終わった。亜季のパフェを分けてもらいながらふと春原を見遣ると、彼はドリンクバーで取ってきた緑茶を飲んでいる。その顔は、夏野には少しほっとしているように見えた。




