忘れるものか -Angelo- 【親友】②
「俺はそう言うところ、嫌いじゃないよ」
「口先でなら、どうとでも言えるよ。君は、親しくもない僕の何を知ってるんだい?」
「ちゃんとアンジェロを知ってるよ。いつも周りに気を配ってて、危なっかしい奴の事もしっかり見てるし、困ってる人がいたら放っておけずに助けるだろ? 今日は剣技の訓練中に、破損してた練習用の剣をいち早く見つけて、新しいものと交換しといてくれたお陰で誰も怪我をしなくて済んだ。皆が気づかないような細かい事まで、いつもアンジェロがやってくれていたのは、知ってたよ」
クレアのように機転を利かせて何かが出来る訳でもなく、多少傲慢なところはあれどアルマンのように強い訳でもない、ただ真面目で堅実であるだけの自分に出来る事を、日頃からやっていた。
アレスの言う通り、それこそ、見えない場所の埃を払うほどに。
誰も気付いていないと思っていたのに、特別親しくもなかったアレスだけは気づいてくれていたのかと、嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちで、空っぽだった胸が満たされて行く気がした。
「……言わせておいてなんだけど、気持ち悪いくらいの観察をありがとう、アレス・ウォートリー」
「どう致しまして」
アンジェロの失礼な発言に気を悪くすることも無く、床に散らばっている紙を拾い始めたアレスにつられるようにアンジェロも散らかした紙を拾い集めると、バラバラになってしまったページを探し当てて一つ一つ繋ぎ合わせて行く。
自分でやってしまった事だが、鬱憤がたまっていたとは言え本当に馬鹿な真似をしたと冷静になった今、改めて思う。
このまま作業をしていれば、確実に学院の閉門時間までには間に合いそうもない。
何故か目の前で作業を手伝ってくれているアレスにも申し訳ないからと帰宅を促せば、あろうことか彼はアンジェロの持っていた書類も取り上げ、
「じゃあ、アンジェロも帰るぞ」
そう言うと、教卓へ書類を置き、強引にアンジェロに荷物を持たせて廊下へ引っ張り出した。
まだ頼まれた仕事は終わっていない上に、始末書にも手が付いていない状態で、あのまま教卓に置いておけば皆に迷惑がかかってしまうと、腕を引くアレスを振りほどこうとしたアンジェロだったが、アレスは「放って置けば良い」と更に腕を引く手に力を込める。
「困らせてやれよ。何でもかんでも人に押し付けた罰だ。利用されるのが嫌なら、これ以上つけ上がらせるな。アンジェロが言えないなら代わりに俺が言ってやるよ」
「……どうして、君にそこまでする必要が?」
まともに話をしたのは今日が初めてで、特別に親しくもない彼が、どうしてこんなに首を突っ込んで来るのか。
「俺の身近にも、アンジェロと同じような人がいるから。どんなにその人に助けてもらっても、何か思い通りにならない事があるとすぐに手の平を返す人間を、嫌って程見て来た。大丈夫だからなんて我慢してたら、いつまでも同じことが繰り返されるだけなのに……」
最後はまるで身近にいる人へ向けているような小さな呟きで、彼の様子を見る限り、その人を自分に重ねての行動だったようにも見えなくもない。
けれど、例えその人と自分を重ねての行動だったとしても、アレスが手を差し伸べてくれなければ、ずっと独りで不満を抱え苦しんでいたかも知れないと思うと、彼の存在は本当にありがたいものだった。
アレスだけでも理解していてくれるのなら、もう自分を押し殺してまで良い人を演じ続ける必要はない。
人や物事の表面しか見ようとしない他の誰に何を言われても、全て聞き流せるような気がした。
「ありがとう、アレス・ウォートリー」
「いや、さっきからずっと気になってたんだけど、何でフルネーム呼び?」
初めからフルネームで呼んでしまっていた手前、何となく気恥ずかしくて名前を呼ぶことが出来ずアレスに突っ込まれてしまったが、その内慣れれば呼ぶよと誤魔化しながらそっと掴まれていた腕を外すと、今度は自分の意志で彼の隣を歩き始める。
途中で放り投げてしまった作業は気がかりだったけれど、たった一人であの教室にいる時よりも、随分と気が楽だった。
翌日、宣言通りアレスは指導教員と同級生に向かって抗議の声を上げ、騒ぎを聞きつけ仲裁と称して舌戦に参戦したクレアの説得もあり、便利な人と言う肩書から解放されたアンジェロは、これを機にアレスと親交を深めて行くこととなった。
【15】




