驚愕、悲嘆、絶望 -Arman-Ⅱ 【亀裂】③
「ア、アルマン副団長、お、お気持ちは解りますがっ、我々の見解として……」
「んなこたァ解ってんだ! けど、最初から処置は無駄ですって顔して処理する態度が気に食わねぇって言ってんだよ!」
アルマンに掴まれ浮いたフレッドの身体が先程よりも更に上へと持ち上げられるが、他の団員達は為す術もないとアルマンにすっかり怯えてしまい、ただ状況を見守ることしかできなかった。
「所詮は他人事なんだろ! どこの団の誰が死のうが、てめぇらみてぇな戦いに参加できねぇ医療団にとってはよ!」
さすがにそれは暴言であると、その場にいた誰もが思った事だろう。
医療団は戦いに積極的な参加はしないが、その代わりに傷ついた騎士達に治療を施し、その命を何度も救っている。
もちろん、救えなかった命もあったし、何度もそれに涙を流したこともあった。
命懸けで国や人々を護る騎士団と同じで、その痛みや悲しみを知っている。
そんな彼らにとって、アルマンの言葉は明らかな暴言だった。
アルマンとて、それに気づいていないわけではない。
暴言であったと、心の底で吐き捨ててしまった事を後悔している。
……ただ、抑えられなかったのだ。
言い知れないこの喪失感を、痛みを、悲しみを。
「アルマン副団長、フレッド副団長を放して下さいませんか?」
「……セシリヤ」
妙な気まずさと静けさを斬る声に、視線が集中した。
先程まで忙しく動いていた医療団員の中にはなかった姿が臆することなくアルマンに歩み寄り、怯え切ったフレッドを拘束している右腕に手を添え、静かにその腕を下げてフレッドを解放させ、その足が地についたことを確認した周囲の団員が解放された彼の両脇を抱えてアルマンから引き離した。
セシリヤは団員達に早々にここから引き上げる様に伝えると、アルマンに視線を合わせた。
「随分と遅ぇ到着じゃねぇかよ。いつからそんな良い身分になったんだ?」
アルマンの収まらない理不尽な感情の矛先はセシリヤへと向けられたが、射抜くようなアルマンの視線に顔を背ける事無く、彼女は真っ直ぐに瞳を向けたまま彼の言葉に耳を傾けている様にも見えた。
「こんなんで、よく医療団なんて看板背負ってられるもんだな」
何も言わず、ただ真っ直ぐに向けられるセシリヤの視線が気に食わないとアルマンは思ったが、その理由など知れている。
自分が、理不尽な感情を八つ当たりでぶつけているからだ。
言っていることに筋が通っていたのならば、その真っ直ぐな瞳を向けられても不快だとは思わなかっただろう。
微かな舌打ちをすると、セシリヤから視線を外して顔を背けた。
自分で撒いた種とは言え、居心地の悪い空気に吐き気がする。
早くここから立ち去って一人になりたいと、アルマンはセシリヤの横を通り過ぎた。
「言いたいことは、それだけですか?」
「あァ?」
すれ違って数歩進んだあたりで、セシリヤはそう言ってアルマンへ振り返り、同じように彼女へ視線を寄越せば、真っ直ぐに向けられているその瞳に僅かな怒りとも失望とも取れない揺らめきが見えた気がして、居た堪れなくなる。
「先程の暴言を撤回して下さい、アルマン副団長」
誰もがセシリヤのその発言に息を呑んだ。
撤収作業をしていた団員も、その言葉を向けられたアルマンも。
「彼らは、騎士団に所属する騎士達と同じように戦うことはできなくても、決して無能ではありません。人の命が失われて行く痛みや悲しみも知っています。死と言うものを間近で見ているのは、戦場にいる騎士も、それをサポートする医療団員も同じです」
前言の撤回を、とセシリヤは続けるが、アルマンは押し黙ったまま、ただ胸の痛みと後悔に眉を顰める事しかできなかった。
セシリヤの言っている事は間違っていない。
けれど、素直にそれを認めることが出来ない自分に苛立ちを覚える。
学院生時代から色々な事を経験し、騎士団に入団して何度も痛い目に会い、あの頃よりも確実に成長していると思っていたのに、副団長となった今でも素直になれない子供の様な部分はこんなにも残っていたのか、と。
申し訳ないと、たった一言を口にする事がこんなにも難しいことだとは思わなかった。
何度か口を開きかけるが上手く言葉にできないまま、とうとうアルマンはその言葉を飲み込んでしまい、そして次の瞬間には、肌に感じた禍々しい空気の異変を感じ取り、近くに繋いであった馬に飛び乗りその場から駆け出していた。
……大切な部下達を亡き者にしたのだろう、得体の知れない禍々しい気配を辿って。
*
とにかく我武者羅に剣を振り、扱える魔術を全て使い、傷を負う事さえどうでもいいと持てる全ての力を出しきった。
身体も精神もギリギリの所で対峙していた大きな魔物が倒れ消滅した直後、アルマンの身体も地に崩れ落ちた。
痛い。
痛い。
痛い。
血に塗れて痛みに軋む身体も、刺さった棘の抜けない心も、痛い。
霞む目に映る空は、色を失くしていた。
ただ単に曇っているのか、それとも身体のどこかに異常をきたしたのかは、最早判断がつかない。
気配を追って見つけた魔物は単騎で突っ込んで勝てるようなものではないと理解していたのに、そうしなければ気持ちが収まらなかったのだ。
アルマンでさえこんなにも苦戦を強いられたのだから、敗れた騎士達はさぞかし恐怖し絶望した事だろう。
己の考えが浅はかだった事を、思い知らされた。
第七騎士団にいた頃から……、いや、もっと前から、少しも成長していない。
同級生だったはずのアンジェロもクレアも、今は自分が立っている場所よりも遠くにいるような気がして、悔しかった。
「おい……、生きてるか、アルマン?」
応援要請で駆けつけてくれたのか、隻眼の見知った顔が視界に入った事に安堵して笑い、そして、意識を手放した。




