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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第二部

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世界に、激震が走った -All- 【終結】④

挿絵(By みてみん)


 足を踏み入れた昼下がりの酒場は、夜と違って閑散としていた。

 店の中を見回せば、エレインの探していた人物がカウンタ―に向かって一人で飲んでいる姿が見える。

 軽い足取りで彼の隣の席に座り、同じように酒を注文すると、視線を感じて顔を向けた。


「エレインじゃねぇか……。いいのか、こんな昼間っから酒なんて飲んで」

「今日は非番だから関係ないわよ。それより、こんな所で油売ってて大丈夫なの、レナード団長?」

「ハッ……、どうせ近々クビになるんだ。もう、どうでも良いさ」


 そう言って酒を煽ったレナードの椅子の背もたれには、騎士団の制服の上着が乱雑にかけられている。

 魔王がロガールに襲撃して来たと同時にマティの謀反を知ったレナードは、あの日以来、こうして酒場に入り浸っていた。

 今よりもまだ若い頃に孤児だったマティを拾い、剣術を学ばせ家族のように接し育てて来たレナードにはさぞかし辛い現実だったろう。


「俺は、マティの事を何もわかっちゃいなかったんだ……。あいつがどんな思いで生きていたかなんて知りもしなかった」

「……そんなの、言われなければ誰も気づけないわよ。相手の心を読める術なんてないんだもの」

「それでも、思っちまうんだ。あいつの異変に少しでも早く気づいていれば、こうなる事を防げたかも知れねぇのにってよ……。結局、あいつは死んで俺は生き残っちまった……。あいつは俺よりも若くて、未来だってあったはずなのに……」

「……レナード団長……」

「本来なら一番近くにいた俺も、あいつを止められなかった罪で裁かれなきゃいけねぇのに……」


 レナードはマティの謀反については何も知らなかった為に罪に問われることはなかったが、それがいっそう彼の心に重しをつけてしまった。

 故に、こうして酒に溺れる事で、何らかの罪に問われる事を願っているのだ。


「だから、こうして昼間っから酒に溺れているのね……」


 エレインの言葉に頷いたレナードは、彼女に酒を運んで来た店員へ空になったグラスと酒瓶を渡して新しく酒の注文を入れる。

 店員はエレインの頼んだ酒をカウンターに置くと、すぐにレナードの注文を受けて奥へ引っ込んで行った。


「せめてあの時……、あいつが俺を殺してくれていたら……!」


 カウンターに拳を叩きつけたレナードの言葉に、エレインは心の中で溜息を吐き出すと、ポケットに入れていた手紙を彼に差し出した。

 一体それは何だと言う顔をしたレナードを無視したエレインは、カウンターに置かれた酒に口をつける。


「遺書、みたいなもの……、になるのかな。……マティの部屋を改めた時に偶然私が見つけて、そのままこっそりくすねたのよ」


 他の誰かが見つけていたならば、恐らくこの手紙は誰にも読まれる事無く葬り去られていただろうと続ければ、レナードはその封を恐る恐る開いて目を通し始めた。

 そこに何が書いてあるのかは、エレインにもわからない。

 けれどレナードの顔を見る限り、決して悪い事は書かれていなかったのだろう。

 同時に、手紙をくすねておいて良かったと思えた。


「……マティにも、団長に対する情くらいはあったんじゃない?」


 ちびちびとグラスに口を付けるエレインは、隣で大泣きするレナードの肩を叩く。

 それから、マティの崇拝していたと思われる邪教団の末路を報告した。

 結果から言えば、その邪教団は既に壊滅させられていた。

 存在が明るみになっていなかった事を考えると、恐らく、マティが秘密裏にやったのだろう。

 目的はわからないが、マティの中で何かのけじめをつける為だったのかも知れない。

 真相はマティが黙って持って行ってしまった為に、それ以上追求は出来ないけれど。


「お、俺は……、あいつの家族だったと、思っていて良いんだよな……」

「私はあなた達の事をよく知らないから何とも言えないけど、それ(手紙)にそう書いてあったんなら……、そうだったんじゃないの?」

「あいつの怒りや憎しみをわかってやれなかった俺を……、気づいてやれなかった俺を、それでもあいつは、家族だったと……っ」


 閑散とした酒場に響く大の男の泣き声は、最早咆哮だった。

 驚いてこちらを見ている店員や客に目配せして頭を下げたエレインは、レナードの肩を抱いて明るく声をかける。


「ほら、飲もう、団長! たくさん飲んで、あいつを偲んで……、そうしたら、明日からちゃんと勤務しよっ!」

「……いや、でも……、俺はもうクビだろう? こんな昼間っから酒場に入り浸ってるんだぞ……?」


 情けない顔をしながらそう言ったレナードに、エレインは自信に満ちた笑顔を向けた。


「あ、それは大丈夫! だって、私が休暇届けを出してあるし! まぁ、この数ヶ月勝手に休暇にしちゃったから、明日以降休みはないと思うけど……、大丈夫でしょ!」

「はぁ!?」


 エレインの爆弾発言に大きな口を開けたまま固まったレナードは、状況が飲み込めず泣くことも忘れてしまったようだ。


「とにかく、今まで休暇を取って飲んだくれてた分、明日からはしっかり働なくちゃね!」

「いや……、どうして……」


 思ってもみない事態にまだ思考が停止しているレナードへ、エレインは更に言葉を続ける。


「マティの分もしっかり生きて……、あいつが創りたいって言ってた世界を実現させる為に尽力しなさいよ」

「……あいつが創りたかった世界……」

「それが、きっとマティへの弔いにもなるはずだから……」


 話がひと段落した頃合いを見計らった店員が、レナードの注文していた酒をカウンターに運んで来た。

 エレインはグラスをレナードに持たせると並々と酒を注ぎ、控えめに乾杯をして酒を煽る。

 一連の流れを見ていたレナードも、何かを決意したような顔をした後、エレインに続いて酒を煽って見せた。


 レナードが完全に立ち直るには、まだ時間がかかるだろう。

 けれど、彼を慕っている騎士達が支えになってくれるに違いない。

 レナードにとっての家族は、マティだけではないのだから。


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