世界に、激震が走った -All- 【終結】③
乱雑に積まれた本を見上げながら、アンヘルは両手に着いた煤を叩いて払う。
魔王が城に攻め込んで来たあの日、とある人物によって爆破された書庫はひどい有様だった。
立ち入り禁止となっていた部屋の本は、すべて灰になり全滅。
その他、自由に閲覧できるようになっていた本も含め、半数以上がまる焦げになっていた。
事が収束した後、被疑者であるユーリ・クロスリーに何故こんな事をしたのかを問い詰めた所、彼は「シルヴィオ団長に言われた通りにしただけです」と泣きながら主張した。
それを裏付けるかのようにアンジェロとディーノがユーリを弁護した為、アンヘルはしぶしぶその主張を受け入れる事にしたのである。
しかし、シルヴィオに言われたからと言って書庫を爆破したユーリに罰を与えない訳には行かないと、現在、彼には残った書物の復元と書庫の復元作業を手伝ってもらっているのだ。
大量の書物を運んで来たアンヘルが机にそれらを置くと、積まれた書物の裏側から泣き言が聞こえて来る。
「一体何冊あるんですかぁ……! もう、手が限界です……、きゅ、休憩させてくださいっ!」
「安易に人を信じた結果、貴重な書物まで破損させたんですから、その責任を取るのは当然の事でしょう。クビにならなかっただけでもありがたいと思って下さい」
「うぅっ……、もう絶対に、シルヴィオ団長の言う事なんて信じるもんか……っ」
ぐすぐすと鼻をすすりながら必死に本を書き写しているユーリの手元を見れば、意外にも美しい文字で文章が書き連ねられていた。
元々本を読む事が大好きだとは聞いていたが、文字を書く事も得意なのかと感心しながら見ていたアンヘルは、興味本位でどうしてユーリは医療団に入ったのかと訊ねて見る。
一瞬何を言われたのか理解出来なかったのか、ぽかんと口を開けたユーリだったが、アンヘルが早く答えろと言わんばかりに威圧すると、萎縮したユーリがおずおずと答えた。
「ほ……、本が読みたかったんです。僕がいた町の図書館にあった本は全て読み尽くしてしまって……。それである日、噂で聞いたんです。ロガール騎士団に入団したら、自由に書庫に出入りできるようになるって。そこには、この町にはない貴重な本もたくさんあるって……。それで騎士学院に入学しました。でも、僕には騎士は向いてなくて……、治療魔術の知識だけは豊富だったので、医療団に配属されたんです」
ユーリの素直すぎる動機に、アンヘルは思わず苦笑する。
せめて、もっと何かそれらしい理由を付けても良いのではないかと。
アンヘルのリアクションを不安そうに見つめるユーリは、まるで追い詰められた小動物のようだ。
「いっその事、書庫の番人にでもなれば良いのでは?」
笑いを噛み殺しながらなんとなく思った事を言えば、ユーリは一瞬面食らった後に眉を顰めて何かを考え込み、「それも、悪くないかも知れない……」と呟いた。
元々、この書庫にはあまり人も近寄らず、正直に言えば管理なども行き届いていなかった。
以前から書庫についてどうするかを協議する事もあったのだが、現状誰も管理出来る人材がいないと言う事で保留になっているのだ。
人手不足の医療団から新人とは言え一人を引き抜き、そこに据える事には気が引けるが、適材適所という言葉もある。
一度真剣に掛け合ってみるのも悪くないだろうと、アンヘルは渋い顔をするマルグレットを思い浮かべながら小さな溜息を吐き出した。
「あのぉ……、ひ、一山分は書き写し終えたので、一旦休憩しても良いですか……?」
アンヘルに怯えながらそう訊ねるユーリに頷けば、彼はほっと溜息を吐き出し椅子の背もたれに背を預ける。
その様子を目にした後再び書庫の本を漁っていれば、一冊の本がアンヘルの足元に落ちて来た。
…… 異世界から来た勇者の伝説、か。
焼け焦げた表紙から辛うじて読み取れる文字。
残ったページにさっと目を通せば、初代勇者である王から始まり、三代目勇者の事までまとめて書いてあった本のようだ。
……流石にこの本は破損が酷すぎるから、廃棄だな。
手にしていた本を廃棄しようとした所で、アンヘルはその手を止め考えた後、ユーリがいる机に向かって歩き出す。
疲れたと机に突っ伏しているユーリに声をかけたアンヘルは、驚いている彼に向って口を開いた。
「あなた……、"勇者"についての本を書きませんか?」
「……へ?」
「この通り、"勇者"についての本もまる焦げです。恐らくこの様子だと、他の本も同じでしょう。それに今代の勇者が現れた事ですし、新たに本を書き直して出すのも悪くないかと……。どうです、やってみませんか?」
その提案に悩むユーリから視線を外したアンヘルは、何気なく窓の外を見上げながら返答を待つ。
空を漂う雲が途切れた所で、悩んでいたユーリが遠慮がちに口を開いた。
「あの……、今の話とは、まったく別の話なんですけど……、ずっと気になっていることがあって。……聞いても良いですか?」
「先程の返答をいただけるのであれば。……どうぞ」
「どうしてあの時……、僕にセシリヤさんについての"謎解き"なんて出したんですか?」
ユーリの質問を聞きいたアンヘルは、随分と前にそんな話をした事を思い出し、律義にそれについて考えていたらしい彼に噴き出し笑ってしまった。
「えっ……、僕、何かおかしい事言いましたか? 一応あれから自分なりに色々考えたり調べたりしたんですよ?」
本当に何気なく言っただけだったのに、愚直にもユーリはそれについて真剣に考えていたようだ。
あまりにも愚直すぎる所が玉に瑕ではあるが (だからこそシルヴィオに騙されたのだろう)、やはり悪くない人材だ。
一頻り笑ったアンヘルは滲んだ涙を拭いながら、ユーリにその答えを聞かせて欲しいと促した。
どことなく不服そうな顔をしていたユーリだったが、アンヘルの言葉に頷くと口を開く。
「正直、僕には何もわかりませんでした。……ただ、はっきりわかっている事は、セシリヤさんは僕の大事な先輩であるって事だけです」
「なるほど……。忌むべき亡国の王族の血を引いていたとしても、ですか?」
先日、査問会によって公になったセシリヤについてのルーツを意地悪く強調してみたが、
「はい。セシリヤさんは、セシリヤさんですから」
愚直なユーリにとっては何の問題もなかったようだ。
「アンヘルさんだって血筋なんて関係ないって、思ってるじゃないですか。セシリヤさんの事をとても心配していたって事は、皆が知ってますよ」
思わぬユーリの反撃に、今度はアンヘルが面を食らう事になった。(ユーリにそんな意図はないだろうけれど)
しかし、まったくその通りであると諦めたように頷けば、ユーリは小さく笑って、
「本……、書いてみたいです」
そう答えた。
「僕の力でどこまで伝えられるかはわかりませんけど……、僕なりに考えて、歴代の"勇者"の話を後世に伝えていきたいなって……」
「愚直なあなただからこそ書ける勇者の物語を、期待していますよ」
「はいっ!」
勢いよく返事をするユーリにくすりと笑ったアンヘルは、再び手付かずの場所を整理する為にその場を離れて行く。
この世界に新たな勇者が召喚される事は、もうないだろう。
魔王は消滅し、王はその役目と責任から放たれたのだ。
今後は王に寄り添い、いつか来るだろう最期を看取るまでが仕事になる。
……その時まで、王に尽力しよう。
この世界でずっと孤独を抱えていた彼に、「幸せだった」と言ってもらえるように。




