ただ、キミの愛が欲しい -Silvio-Ⅵ 【誤算】⑦ ※挿絵有
封印の地。
その昔、初代勇者が魔王を封印した場所で、この辺り一帯は荒れ果てた土地だ。
一説によれば、元々は緑豊かな大地であったが"魔王"が誕生した事によって枯れ果てたと言う。(真偽は定かではないけれど)
確かに、草木も生えていない地面の上には生き物の死骸、風化しかけた魔物と思われる骨が転がっている。
古びた剣や鎧の一部が落ちているのを見ると、過去、何度もこの地で激しい戦いがあった事が窺えた。(シルヴィオも一度参加していたが、その時はここまで周囲を見て回る余裕はなかった)
空を見上げれば陽の光を通さない程分厚い雲が覆っており、年中曇りか雨しかないこの土地独特の湿気た匂いが充満している。
足場の悪い道を進んで行けば、やがて荒れ果てた建物が目の前に現れた。
元々は神殿だったらしく、所々に崩れ落ちた何かの像が一定の距離を保ちながら並んでいる。
中に入ると、掠れて薄汚れた壁画がシルヴィオを出迎えてくれた。
天井を見上げれば、無惨に割れたステンドグラスがこちらを見下ろしている。
それから、首と羽根の欠け落ちた天使の像らしきものが寂しそうに佇んでいた。
これらはこの神殿をより不気味なものに見せているが、荒れ果ててさえいなければ、恐らく美しい場所だったのだろう。
およそ二十年ぶりに訪れたこの場所を歩きながら、シルヴィオは更に奥へと足を踏み入れる。
この神殿の入り口はごく一般的な神殿と同じ作りだが、更に奥へ進むと巨大な岩場を掘って造られた集会所のような所に繋がっている。
岩場を掘って造られている為に、この奥は光が届かず暗闇だ。
奥に進むに連れて徐々に薄暗くなり、纏わりつく空気もひんやりと冷たくなって行く。
いよいよ視界も悪くなった所で、シルヴィオは魔術を使い小さな光源を作り出した。
ぼんやりと見えた内部の壁は岩肌そのもので、圧迫感に息苦しさを感じる程だ。
周囲を警戒しながら歩いていれば、見覚えのある文様が壁に描かれている事に気が付き足を止める。
岩肌に描かれたその文様は、ロガールを覆うように空に描かれた文様と同じものだった。
シルヴィオは三代目勇者とこの場所に訪れた時の事を思い出して見るが、当時はこんな文様など描かれていなかったはずだ。
更に近づいて文様の一部をなぞると、ざらざらとした小さな欠片が足元に落ちる。
……血で描くなんて、随分と良い趣味をしているね。
周囲をよく見渡せば、風化して薄くなってはいるが同じ文様がいくつも描かれている。
手袋についた汚れを払いながらそれぞれの文様の風化具合を見たシルヴィオは、首謀者が最近までここに出入りしていた事を確信した。
……それにしても、何の為の文様なんだ?
見飽きる程描かれたこの文様が、何の意味もなく描かれたものとは流石に思えない。
……この文様に魔力の痕跡は残ってないけど……、もしも転移魔具と同じ働きをするものだったとしたらどうだろう。
ふと思いついたその答えは、シルヴィオの中で解決しなかったいくつかの疑問を解消してくれた。
この文様がシルヴィオの考えている働きをするものであるなら、ここに来るまでの途中にあった村に描かれた文様の意味の説明もつく。(村で見た文様にも魔力の痕跡は無かったが)
例えば、誰も近寄る事のない<封印の地>でこっそり魔物を作り出し、この文様を通して魔物を送り出せば村一つくらいあっという間に滅ぼせるだろう。(その行為は、明らかに進軍の妨害を目的としている)
更に言えば、文様を利用して首謀者自身も<封印の地>への行き来が可能だったはずだ。
今、ロガールの上空にもこれと同じ文様がある。(城下や城内を隈なく探せば他にも沢山見つかるかも知れない)
そして、消える魔物はロガール周辺でしか目撃されていない。
……これを使ってロガールに魔物を送り込んでいたなら、他に目撃する人間がいなくて当然だ。
今ここに魔物が一匹もいないのは、全てロガールへ転移させたからだろう。
また、外に魔物のものと思われる骨が残っている所を見ると、消える魔物は首謀者が新たに作り出したと考えるのが無難だ。(消える魔物が目撃され始めた時期も考えるとその方が自然だ)
しかも、消える魔物をさも"魔王"が作り出したものだと見せかける為に利用するとは、厚顔無恥も甚だしい。
消える魔物の謎が解けた事によって、残りの謎も全て説明がつく。
建国際で魔物を引き入れたのも、書庫のチェーンを壊したのも、すべて同一人物だ。(邪神と契約していたのなら、あのチェーンを壊せるのも頷けるし、この文様を利用すれば、書庫から姿を消す事も容易だっただろう)
そして、その目的はロガールの転覆に他ならない。
首謀者は、王を陥れる為だけに"魔王"も"勇者"も利用していたのだ。
……念のため、書庫を爆破しといて正解だった。
混乱に乗じた首謀者に書庫に隠してある本を持ち出されて暴露されれば、混乱した国はすぐに落とされただろう。
王に対して何の恨みがあるのかは知らないが、流石に国ひとつを転覆させる訳には行かない。
長い事生活していたせいか案外風土は気に入っていたし、何よりセシリヤを悲しませる事はしたくなかった。
城下で起きた思わぬ火事のせいで古本屋から回収出来なかったものもあるが、少なくとも城から流出するのは防ぐ事が出来た。(城から流出すれば隠蔽を疑われて印象が更に悪くなってしまう為、それだけは避けたかった)
……爆破させるきっかけを作ったユーリくんは、驚いているだろうけどね。
壁に描かれた文様から視線を外し、暗闇の広がる更に奥へと足と踏み出せば、先程感じたものとは別の重たい嫌な空気が纏わりついて来る。
しばらく突き進むと、目の前に大きな広間が現れた。
間違いなく、"魔王"を封印した場所だ。




