ただ、キミの愛が欲しい -Silvio-Ⅵ①【誤算】※挿絵有
「やっぱり勇者様は俺たちとは違うな! 何かこう、神々しさを感じるって言うか」
「そりゃあ異世界から来たんだ、まずオーラが違うだろ」
「これで悪さをしてる魔王もひと捻りだな」
勇者の話題で盛り上がっている男達を横目に、シルヴィオは空いたグラスに酒を注ぐ。
式典があった今日は、興奮冷めやらぬ国民のお陰で酒場も大盛況だ。
式典は、誰の目から見ても大成功だった。
ユウキが中々姿を現さず雲行きが怪しくなった場面もあったが、絶妙なタイミングで彼は国民の前に現われ、そこで見事な演説を披露し、国民の心に希望を齎したのだ。(今まで見て来た気弱な勇者と同一人物とは思えない程に力強い演説だった)
……まさか、ユウキくんが逃げ出さずに勇者としての責務を全うする事を選ぶなんてね。
ユウキの選択は、シルヴィオの予想に反したものだった。
三代目勇者の日記をわざとユーリからユウキに渡るようにして逃げ道を作ってあげたと言うのに (ユウキの覚悟の程を見ると言う意味も含んでいたのだが)、愚かにもその道を自らの意思で閉ざしたのだ。
しかし、これはこれでシルヴィオにとって都合が良い。
ユウキがいれば遠征部隊をうまく利用し、<封印の地>へ行く事が容易になる。
もしもユウキが勇者を辞退すれば、話は違って来ただろう。(それでも単独で行こうと思えば行けるのだが、魔力と体力はできるだけ温存しておきたいのだ)
……まあ、ユウキくんの覚悟はしっかり伝わったし、僕もそれに応えてあげないとね。
とりあえず、ユウキの選択によってシルヴィオの計画が一つ順調に進んだと、頭の中にある盤上の駒を一つ動かした。
ここに来るまでいくつかの駒を落とす事になったが (妨害なのか偶然なのかはわからない)、それでもシルヴィオの手元に残っている主要の駒は後三つある。
この駒をどう誘導して動かすか、今後は慎重に判断しなければならない。
グラスに注いだ酒を飲みながら、ふと隣の席に視線を寄越せば、何やらそこの席だけは周囲と違って辛気臭い空気が漂っていた。
「これで良かったんだよな……! これで彼女が幸せになれるなら、俺は今日限りで忘れてやるっ」
「お前は偉い! 黙って身を引くなんて、中々出来るもんじゃないぞ……!」
「世の中、女は沢山いるんだ! すっぱり忘れて次に行こう!」
「今日は……、飲むぞ……!」
言葉の端々を拾い集めた限り、惚れた女を諦め潔く身を引いた男とそれを慰める仲間達、と言うところだろうか。
飲んで忘れろなどと周りは簡単に言うが、そんな事で諦められるのなら世の中に面倒な"痴情のもつれ"など起こる訳がない。
早いペースでひたすら酒を煽る男を冷めた目で見ながら、シルヴィオは持っていたグラスに口をつけた。
……そこまでして忘れようなんて無駄な努力をするくらいなら、いっその事奪っちゃえば良いのに。
身を引く事が相手の為になるだなんて、随分と勝手な話だ。(この男は相手の気持ちをしっかりと確かめたのだろうか)
名前も知らない男の事情などどうでも良かったのだが、なんとなく"男が相手の女を幸せに出来る自信がない事を隠す言い訳"にしか聞こえず、指摘してやりたい衝動に駆られてしまう。(それでも面倒は避けたいので口は出さないが)
決して相容れることが出来なさそうな男達の会話に興味を失ったシルヴィオは、グラスに残っていた酒を勢いよく煽るとテーブルに代金を置いて立ち上がる。
人目を避けるようにフードを深く被り店の外に出れば、低かった月も随分と高くに上がっていた。
……そろそろ、良い時間かな。
日付も変わろうとしている時間帯にも関わらず賑やかな通りを抜け、それから一本先の裏路地に足を踏み入れる。
先程までの華やかで賑わいのある通りとは打って変わって、ここは随分と簡素で寂れた場所だ。
しかし、これはあくまでも表向きの顔である。
例えば、たった今通り過ぎたドアを一枚くぐれば、その先にはこの裏路地の雰囲気とは似ても似つかない程煌びやかで艶めかしい世界が広がっているのだ。
簡素な建物の二階に視線を寄越せば、窓際にほんのりと明かりが灯っている。
そこから階下の様子を窺う人影がシルヴィオの姿を目ざとく見つけると、持っていた花を投げて落とした。
薄い色紙でラナンキュラスを模したこの造花は、彼女たちが男の気を引く為のものだ。
この花を男が拾えば、金銭を受け取る代わりに一夜を共に過ごすと言うのが暗黙のルールだ。
シルヴィオは足元に落ちた花を無言のまま見つめると、短い溜息を吐き被っているフードを取り払った。
月明かりに照らされ輝く髪と整った容姿は、シルヴィオの身体を巣食う"邪神"さえも虜にした武器だ。
途端に色めき立った女達からこぞって花を投げ渡されるが、どれも気に入らないと手で払いのけて造花の絨毯を歩く。
途中、窓から控えめに顔を覗かせシルヴィオを盗み見ていた女と視線が合い、どことなく"彼女"を彷彿とさせる甘い髪色に惹かれて声をかけた。
「こんばんは、お嬢さん。今日は"良い花”が見つからなくてね」
優しく微笑みかければ女の頬には朱が差し、言葉の意味を理解した彼女はおずおずと手にした造花をシルヴィオの元に投げ落とす。
拾い上げた花にくちびるを寄せると、階下の扉が音もなく開いてシルヴィオを中へ招き入れた。




