もしもその時が来たら -Ángel-Ⅱ【驚愕】⑤
「アンヘル……、マルグレットを連れて、お前たちだけでも逃げなさい……!」
ふと、王が呟いた言葉にアンヘルとマルグレットは驚き反論する。
「何をおっしゃっているんです、王! そんな事出来る訳がないでしょう!」
「私も微力ながら王に忠誠を誓った身です! 戦闘能力は他の団より劣っていても、王の盾くらいにはなれます!」
「私のような人間の為に、命を無駄にするのは絶対にダメだ」
「王!」
よろよろと立ち上がった王は何かを決意したような瞳をし、魔王を見つめていた。
このままでは、王が捨て身で何を仕出かすかわからない。
マルグレットと共に王を説得し引き止めていれば、不意に転移魔具が光り反応を見せ始めたのだ。
一体何が起こったのかと辺りを見回せば、窓から不思議な光景が見えた。
城下に植えられたサクラの木が一本、また一本と輝き始め、周囲の黒い霧を払い明るく照らしていたのだ。
それと同調するように、アンヘルの持っている転移魔具からも次第に声が聞こえ始める。
まだ途切れ途切れで完全とは言えないが、それも時間の問題だろう。
(誰が仕掛けたのかはわからないが、あそこまで広範囲に及んで黒い霧を浄化させるものならかなりの魔力を消費したに違いない)
しかし、遠征軍と連絡を取っていた特別な転移魔具は瓦礫の下に埋もれたままだ。
遠征軍がこちらに戻って来る事は望み薄だが、アンヘルの持っている転移魔具でこの場に応援を呼べば少しは状況が変わるだろう。
僅かに希望が見えたと安堵したアンヘルは、目の前で戦いを続けているレオンへ視線を移した。
レオンには応援が駆け付けて来るまでもう少し、耐えてもらわなければならない。
そう思った瞬間、レオンの剣が魔王の首を斬り落とした。
ゴトリ、と音を立てて転がる魔王の首。
フードに隠れて見えなかったが、その首は見事なまでに美しい白骨だった。
(長い年月を経て、肉が腐り落ちたのかも知れない)
視線を魔王の首からレオンに移すと、怪我と疲弊で意識が朦朧としているのか今にも倒れてしまいそうな所を剣で支え耐えているようだ。
……確かレオンは片頭痛持ちで、雨の日が苦手だったはず!
すぐに処置をしなければと、アンヘルがマルグレットに声を上げた。
―――その直後。
レオンに向かって何処からか攻撃が仕掛けられ、その一撃を胸に受けた彼はそのまま床に倒れ伏してしまった。
「レオン!」
……一体どこから攻撃が……!
警戒し、辺りを見回してもどこにも気配を感じない。
しかし、奇妙な違和感だけは確かにそこにあるのだ。
何かを忘れているような……、思い出そうと思っても、頭に濃い靄がかかって思い出せない。
マルグレットに視線を寄越せば、彼女も同じ奇妙な感覚に襲われているのか眉を顰めていた。
……何なんだ、この違和感の正体は!
玉座から離れたアンヘルは違和感の正体を探すように辺りを歩き回り、それから不意に首筋に走った微かな熱を覚えて立ち止まる。
首筋に感じた熱は次第に疼くような痛みに変わり、そこから薄っすらと血の匂いが漂って来た。
「アンヘル!」
王の叫び声で状況を理解したアンヘルが視線を首元に移せば、鋭い光が視界に入る。
いつの間にか首元に当てられていたその刃は、アンヘルの首の皮を浅く切り裂いていたのだ。
そして、あからさまに向けられる敵意。
ゆっくりと視線を動かし刃を構えている人物の顔を見たアンヘルは驚愕し、そして言葉を失ったのだった。
【END】




