実に単純で愚かである -Yuri-Ⅶ【愚行】⑤
直後、顔にかかる生暖かい液体とむせ返る腐臭に目を開ければ、先程まで目の前にいたはずの魔物は倒れ、その姿を黒い霧状へと変えている。
何が起こったのかと目を白黒させていると、目の前に手を差し出されて反射的にそれを取った。
「大丈夫ですか? 医療団の方ですよね」
「は……はい……。ユ、ユーリ・クロスリーです……」
黒い制服を着たわりと小柄な男だったが見た目よりも力はあるらしく、すんなりとユーリの身体を引っ張り起こすと怪我が無いかざっと確認している。
何度かシルヴィオに説教をしてる姿を見た事がある彼は、第二騎士団の副団長だ。
「……あ、……第二騎士団の副団長……」
「アンジェロ・アルベルティです」
その後ろには魔物を斬った人物が死骸の消えて行く様子を確認しているのが見えた。
第三騎士団副団長のディーノである。
(ディーノとはセシリヤを通してよく顔を合わせる機会があったので覚えていた)
幸運な事に、彼らは謁見の広間を目指してこの廊下を通りがかったと言う。
いつの間にか、ユーリも同じ方向へ向かっていたようだ。
もし彼らがいなければ死んでいたと感謝を述べセシリヤの剣を抱き直すと、その様子を見ていたディーノがその剣に反応を示した。
「それ、セシリヤさんの剣じゃ……?」
「あ……、はい。帯剣していないようだったので届けようと思って探していたんですが、どこにいるのか見当もつかなくて……」
困惑しながら説明すると、ディーノとアンジェロは顔を見合わせた後、謁見の広間に向かったセシリヤを追っている事を教えてくれる。
その途中、二回目の爆発音が聞こえたのだと言う二人を前に、ユーリの心臓がドキリと跳ねた。
みるみる内に血の気が引いて行くのが自分でもわかる。
嫌な汗が背中を流れて行くのがひどく気持ち悪い。
あからさまに目も泳ぎ出したユーリの変化にアンジェロが気づかない訳もなく、あっさりとユーリは事の顛末を話すことになってしまった。
シルヴィオから魔石を預かったこと、城に異常が起こったら魔力を注いでほしいと言われた事、それが国を守る為だと言われた事、そして、信頼していると言われた事。
その結果、どういう訳か書庫が爆発すると言う事態を引き起こした事。
説明している内に、アンジェロとディーノは呆れたように額に手を当てて溜息を吐き出していた。
そして、重たい空気の中第一声を放ったのはアンジェロだ。
「どうしてあんな人の言う事を信じたんですかっ! 明らかに怪しいのにっ!」
「いや……、だって……。団長さんですし……、僕にしか頼めない事だからって……」
「よくある詐欺の手口ですね……。何か失敗でもして弱みを見せたんでしょう? あなたにしか頼めないって特別感を出して、自己肯定感を持たせた上で思うままに人を使う所がまさにそれですよ! そもそも書庫を爆破させて一体何の意味があるんだよ! 面倒ごとを増やしただけじゃないか! あいつっ……、帰って来たら絶対シメる!」
アンジェロの言う通りだと思い当たるフシのあったユーリが涙目になると、ディーノが間に入って憤るアンジェロを宥めた。
「アンジェロ……、彼はまだ入団してそこまで経っていないんだ。シルヴィオ団長の事もあまり知らないなら、騙されても仕方ないさ」
「……そうですね。すみません、あの顔を思い出したら腹が立ってしまって。ただの八つ当たりみたいになってしまいました」
「いえ……、僕も、簡単に信じてしまったのがいけなかったので……。でも、騙されたとは言え、僕がやった事です……。これ、事が収束したら絶対斬首刑ですよね!?」
動揺を隠せずついに泣き出したユーリがアンジェロに縋りつくと、彼は若干怯んだものの、情状酌量の余地はある為その時は嘆願書を出すと言う事を約束してくれた。
一先ずはそれで斬首刑は回避できるだろうと言う言葉に安堵したユーリは、今までにない程の強い眩暈を感じてその場に座り込んでしまった。
どうやら、完全に魔力が流出しきってしまったようだ。
アンジェロとディーノに書庫を爆破させてしまった後から魔力の流出が止まらなかった事を説明し、たった今魔力が尽きてしまった事を伝えると、ユーリは動けなくなった自分に変わってセシリヤに渡して欲しいと持っていた剣を差し出した。
「わかった。必ず届ける」
「お願いします、ディーノ副団長……!」
「ディーノ先輩、急ぎましょう」
すぐに応援が駆け付けるはずだからとアンジェロが言い残すと、二人は再び謁見の広間へ向かって走って行った。
それを見送った所で騒ぎを聞きつけた騎士達が動けなくなっているユーリを見つけて駆け寄って来る。
けれど、呼びかけに反応出来る程の体力は残っておらず、そのまま瞼を閉じると意識を手放した。
瞼の裏に見たシルヴィオの姿に悪態をついた事は、ユーリを保護した騎士達だけが知っている。
【END】




