実に単純で愚かである -Yuri-Ⅶ【愚行】①
「はい、これ。キミに渡しておくね」
魔王討伐遠征出発の二日前、ユーリは兵舎内にある自室に来たシルヴィオから小さな赤い石を預かった。
一見、ただの貴石のように思えるが、ユーリの手にあるその赤い石からは僅かに魔力が感じられる。
(若干の禍々しさを感じたが、気のせいだろうか)
「魔石……ですか?」
「うん、人工だけど。僕のつけてる耳飾りと同じやつ」
そう言って、シルヴィオは右耳にいつもついている赤い耳飾りを見せた。
確かにそれと全く同じ色をしている。
ユーリが手の平の上にのった石をまじまじと眺めていれば、シルヴィオはにこりと笑って右手の指を鳴らした。
一瞬にして外界から隔離されたような閉塞感に襲われ、結界を張られたのだと理解したユーリは、これから自分に重要な仕事が任されるのだと言う期待と緊張を感じながらシルヴィオの言葉を待った。
「これから僕たちは遠征に行っちゃうけど、その間、もし万が一この城に異常な事態が発生したら、その石にキミの魔力を注いでほしいんだ」
「……あ、はい。えーと……、注ぐ量はどれくらいですか?」
「そうだなぁ……、出来れば出し惜しみしないで欲しいかな」
誰でもこなせる極めて簡単な作業を言い渡されたユーリは拍子抜けする。
一体どう言う事なのか、どうして自分なのだろうかと訝し気に石を見つめていれば、シルヴィオはこの石が何の為のものであるのかを説明してくれた。
この赤い石はシルヴィオの耳飾りと連携しているもので、他者が魔力を注ぐと耳飾りが異変を察知する仕組みだと言う。
イヴォンネの転移魔具があるのにと疑問を持ったユーリだが、それを含めて念には念を入れ、他にも連絡手段を持っていた方が良いだろうと言うシルヴィオの意見に納得した。
(可能性は低いが、魔具が故障する場合もないとは言い切れない)
「イヴォンネ団長の作った魔具と違って声や物、人を転送する事はできないけど、注がれた魔力が合図になるからね。その魔力量が大きければ大きい程危険な事態だって判断出来るから、出し惜しみはしないで欲しいんだ」
「わかりました……! 万が一何かあれば、そうします!」
「うん。万が一が起こらない方が良いんだけど……、何が起こるかわからないからね。決して目立つ事をする訳じゃないけど、ある意味、キミはこの国を守る要になる。……僕は、キミを信頼してるよ」
ただの医療団員でしかない自分に、大役を任された。
この国の為に役に立つ事が出来ると言う事が、今のユーリにとっては嬉しかった。
勇者のように魔王と戦う力が無くても、勇者と共に魔王と戦う事が出来なくても、この小さな石に魔力を注ぎ込みさえすれば国を守る事が出来ると言うのだから。
更に、シルヴィオの「信頼している」と言う言葉がユーリの心に拍車をかける。
実に単純で愚かであるが、今のユーリにはそんな事すらも判断出来なかったのである。
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