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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第二部

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瞳に浮かぶ涙は、もう悲しいものではなかった。 -Angelo-Ⅱ【清算】③

「どうかなさいましたか?」

「うわぁああっ!」


 不意に背後からかけられた声に驚き悲鳴を上げると、声をかけた本人もアンジェロと同じように驚いているのが見える。


「セ……、セシリヤさんっ……」

「はい、アンジェロ副団長。元気が無いようですが……、何か悩み事ですか?」

「い、いいえ……、そう言う訳では……」


 完全に油断しきっていた所に声をかけられたせいで、情けない悲鳴を上げてしまった事が恥ずかしい。

 驚いて大騒ぎしている心臓を落ち着かせるように押さえていると、その様子を見ていたセシリヤが小さく笑って謝罪した。


「僕も大声を出して驚かせてしまって申し訳ないです」

「私は大丈夫ですから、気にしないで下さい。今はシルヴィオ団長も遠征でいらっしゃいませんし、お疲れかなと思って声をかけただけなので……。特に用もないのにお引き留めしてしまって、申し訳ありませんでした」


 失礼しますねと言い残して踵を返すセシリヤを思わずそのまま見送ってしまいそうになってしまったアンジェロだが、目的を思い出すと即座に彼女を呼び止め、すぐ傍にある中庭のベンチへ座って少し話をしたいと申し出る。

 セシリヤはアンジェロの申し出にあっさり頷くと、そのまま中庭に向かい空いているベンチに座った。

 続いてアンジェロも、ほんの少しだけセシリヤと間を空けてベンチに座ると、ポケットに入れていた髪飾りをそっと彼女の目の前に差し出して見せた。


「これは……?」


 セシリヤが小さく呟いた後に僅かな間があったが、その髪飾りが何なのかを理解した彼女は、瞠目したまま両手をぎゅっと握り締めた。


「これを、セシリヤさんにお返ししようと思って」

「……一体、どこでそれを……?」

「アレス・ウォートリー……。僕の親友が持っていた物です」


 アンジェロの言葉に、セシリヤの肩が大きく揺れる。

 まさか、その名前が出て来るとは思っていなかったのだろう。

 アンジェロは髪飾りをセシリヤの手に握らせると、一つ深呼吸をしてアレスの話を切り出した。


「アレス・ウォートリーは、とても強くて優しい人でした」


 アンジェロが多くの同級生から色々な面倒ごとを押し付けられていた時、アレスは颯爽と現れてそれを撥ね退けてくれた。

 悩んだり困った時には、いつだって彼が傍に寄り添ってくれた。


「彼はいつも言っていたんです。"早く騎士になりたい"と」


 アレスは事あるごとに、「早く騎士になりたい」と言って学園から見えるロガール城を眺めていた。

 そこで騎士として在籍している、(セシリヤ)に追いつきたいのだと言って。


「アレスにそんなバカげた夢を見させてしまったのは、私の責任です。憧れだけでなれるものではないと、教えなかった私の……」


 アンジェロの言葉にそう答えたセシリヤは、俯いてちびるを噛んだ。

 しかしそれは誤解であるとアンジェロが続ければ、彼女は顔を上げてどう言う事かと訊ねる。



 ―――姉さんは、俺にとっては憧れの人でもあるし、護りたい人でもあるんだ。―――



 脳裏に過るアレスの言葉を今ここで伝えなければと、アンジェロはセシリヤの瞳を真っすぐに見つめた。


「確かに憧れていた部分もあったと思います。でも、それは決して単純に騎士になりたいと言う夢を見ていた訳ではなくて……」



 ―――姉さんを傷つけるものから護ってあげられるくらい、強くなりたいんだ。―――



「アレスは、貴女を傷つけるものから護れるくらいに強くなりたかったからなんです」

「……私を……?」


 確認するように呟いたセシリヤの言葉にアンジェロが頷くと、彼女の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。


「アレスは、貴女が苦労して色々な事から守り育ててくれていた事を知っていました。それに気づかないフリをしながら生きる事が……、悪意にさらされて傷ついて行く貴女を見て見ぬふりをする事が、彼にとっては辛かったんだと思います。だから、騎士になって貴女より強くなって……貴女をそれらから、護りたいと……、そう思っていたんです」



 ―――早く一人前になって手を離れて、これから先は一人の女性として、姉さん自身の為に幸せになってもらいたいんだ。―――



「早く一人前になって貴女の手を離れて……、それから貴女自身に幸せになって欲しいと、彼はそう願っていました」

「……そんな……、本当に、アレスが……?」


 信じられないとばかりに呟いたセシリヤに頷くと、彼女の瞳からは堰を切ったかのように涙が次から次へと零れ出した。


「……アレスに……疎まれているとばかり……、思っていました」

「彼は貴女を疎んでなんかいませんでしたよ。いつでも貴女を想っていたのだと思います。だからこそ、その髪飾りをずっと持っていたのだと……」


 セシリヤの言葉を優しく否定したアンジェロは、続けて彼女の手に戻った髪飾りの事を訊ねる。

 アレスが壊れていても捨てずにずっと持っていた髪飾りは、きっと特別な意味があるのだろうと思ったからだ。


「これは……、ずっと昔に出会った人から預かったものです。妹の為に用意したプレゼントだから預かっていて欲しいと言って、彼は出て行きました。それっきり、その人は戻って来ることはありませんでしたが……、それでも、いつかどこかで会える事を信じてずっと持っていたんです。壊れてしまった後も、大切にしまっておいたのですが……。てっきり失くしてしまったとばかり……」


 アレスが持っていたんですねと呟いたセシリヤは、心の底から安堵しているようだ。

 どうしてアレスがそれを持ち出したのか今となっては理由はわからないが、きっと彼にとってセシリヤを身近に感じるお守りとして唯一持ち出せる物だったのかも知れない。

 セシリヤの手に乗った髪飾りが、控えめな輝きを放ちながら事の成り行きを見守っているように思えたアンジェロは、意を決して今まで疑問に思っていた事を口にした。


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