その瞳は少しも笑ってはいなかった。-Yvonne-Ⅲ【脅迫】①
ロガールを出発してから四ヶ月が経とうとしている。
イヴォンネは、魔術団の団員とセシリヤに頼んだプリシラの事を考えていた。
まだ幼いが、聡明な娘。
魔王討伐の為に勇者と共に行かなくてはならないと話をした時、プリシラは泣いて引き留める事もなく笑顔で送り出してくれた。
恐らく、困らせたくないと言うプリシラなりの気遣いなのだろう。
本来ならば泣いてわめいてもおかしくない年齢であるのに、一体誰に似たのだろうかと、イヴォンネも思わずつられて笑ってしまった。
それから出発の前日、イヴォンネは異変が起こった時にはすぐに連絡するようにとプリシラに言い聞かせ、新しい転移魔具を渡して来た。
しかし、今日まで一切の連絡が無い所を見ると、特に問題もなく平穏に過ごせているのだろう。
安堵の溜息を吐きつつも、感じる寂しさは誤魔化せず空を見上げる。
……いつかあの子も私の手から離れて行くんだから……、しっかりしなくては。
プリシラも今頃寂しさに耐えて頑張っているはずだと、感傷に浸る心を振り切り野営準備をしている部下達の元に向かった。
途中、シルヴィオの姿を見かけ、ついでに頼んでいた調査依頼について訊ねようか迷ったが、今の彼からは近づいて来るなと言う雰囲気があからさまに出ているようで流石に遠慮する。
(シルヴィオは好きではないが、別に好んで争いたい訳ではないのでイヴォンネなりに空気は読んでいるつもりだ)
部下から送られた梟が肩にとまっている所を見ると、あまり良くない報せが届いたのだろう。
……あの報せも気になるけど、文様も気がかりだわ。
イヴォンネが感じていた纏わりつくような異様なあの感覚は、ロガールのどこから来ているのか……。
不安が拭いきれないまま、プリシラを残して来た事を少しだけ悔いた。
「おう、イヴォンネ! 何してんだこんな所で」
「……レナード」
不意に声をかけられ振り返れば、レナードが数人の村人らしき人を連れている所だった。
「そちらは……、近くの村の方?」
「おう。野営場所の提供をしてくれた奴らだ」
イヴォンネがレナードの後ろにいる村人を一瞥すると、彼らは深々とお辞儀して見せる。
そんなに畏まらなくても良いと声をかければ、彼らは首を横に振り、
「いいえ! レナード様は私達の命の恩人です! こんな素晴らしい方が所属している騎士団の方に敬意を払うのは当然です!」
そう力説した。
村人があの粗暴なレナードを様付けで敬う姿は滑稽だったが、それよりも命の恩人であると言う言葉がイヴォンネの中で引っかかる。
一体、いつ、どこでそんな出来事があったのか。
城下及び城下周辺を見回る第七騎士団が、ロガールから遠く離れた村の付近まで遠征する事はあり得ない上、イヴォンネが知っている限り派遣されたと言う記録も記憶もない。
疑問に眉を顰めていると、それに気が付いたレナードが説明を付け足してくれた。
「俺が騎士団に入る前の話だ。もう二十年近く前になるんだが、その頃は傭兵として各地を回ってたからな。立ち寄ったこの村も賊に襲われていて、こいつらはその時に助けたガキどもだ。まさか、こんな立派に育ってるとは思わなかったが……」
レナードが隣にいた青年の背中を叩くと、彼は恥ずかしそうに笑っていた。
「そう言えば……、レナード様にくっついていたあの少年はいらっしゃらないんですね」
ふと、もう一人の青年が思い出したように声をあげると、他の村人たちは首を傾げながら互いの顔を見合わせる。
そんな少年がいただろうかと言いたげな彼らに、レナードは苦笑した。
「もしかして、マティの事か? あいつは中々気難しいガキだったからな。あの頃はかなり警戒心も強くて積極的に人と関わろうとしていなかったし、覚えてる方が稀だ。あいつも今は騎士団で元気にやってるよ。残念ながら遠征には参加していないがな」
「そうでしたか……。いえ、お元気なら良かったです。私達と同じで、村を襲われ親を亡くした孤児だと聞いていたので、気がかりだったんです」
マティの現在を知りほっとした青年は、長々と引き留めてしまった事を謝罪すると、その場でレナードとイヴォンネに別れ際の挨拶をし村へ戻って行った。
「ここの村、そんな昔に立ち寄った事があるのね」
「ああ。あの頃とはすっかり様変わりしちまって気づかなかったがな。ここに来る途中途中にあったいくつかの町も村も行った事がある。マティは、その中で最も被害が大きく廃村になった村にいた孤児だ。俺たちが村に駆け付けた頃には一面焼け野原で、たった一人生き残ったマティはそこで立ち尽くしてたんだ」
「……賊の仕業?」
「恐らくな……」
二十年近く前ならば、魔王が封印されて間もない頃だ。
戦後の混乱に乗じて賊が幅を利かせていたのも頷ける。
マティと親しい訳でも交流があった訳でもなかったが、噂に聞く彼の勤勉さはそんな過去の出来事から来ているのかも知れないと、イヴォンネは納得した。
「あいつたっての希望で孤児院には入れず、傭兵の訓練もしてやりながらたくさんの町や村、戦場に行ったが……、まさか騎士団に入る事になるとはな」
「ある意味、良い選択だったんじゃない?」
「はじめは堅苦しい所に入っちまったと思ったが、今となっては良かったと思ってるさ。マティの言う通りだった」
「下手をすれば、あなた達だって仕事を失って賊に成り下がってた可能性もあるんだから、騎士団を勧めてくれたマティに感謝なさい。最悪、私が骨も残らずに燃やし尽くしてたかも知れないわよ?」
「笑えねぇこと言うんじゃねぇよ」
どことなく漂うもの悲しさを消し去るようなレナードの豪快な笑い声が、静かな夜空に響き渡った。
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