握った鳥籠の鍵は、未だ捨てられないままだ -Margret- Ⅲ【未練】③
「子供向けの絵本なんて持って、どうしたの?」
「……何の用ですか、アロイス団長」
「いやぁ、ちょっと思わぬ空き時間が出来ちゃってねぇ……。せっかくだから僕も、医療団に降臨した小さな天使を一目見ようと思って来たんだけど……」
どうやら今日はいないみたいだね、と肩を落としたアロイスに「残念でしたね」と答えたマルグレットは、早々に立ち上がり本を返す為に書庫へと向かう。
ここでまたアロイスのつまらない話に付き合ってやれる程、マルグレットはお人好しではなかった。
しかし、何故かアロイスまで一緒について来るのだから、たまったものではない。
何故ついてくるのかと文句の一言でも言うつもりで立ち止まり振り返れば、マルグレットよりも先にアロイスが口を開いた。
「ねえ、その絵本見せてもらっても良い? それ、僕も小さい頃に読んだ事があるんだ。ちょっと懐かしくなっちゃってねぇ」
予想外の言葉に呆気に取られていると、マルグレットの手にあった絵本をアロイスが取り上げページを捲り目を細める。
アロイスの様子を見る限り、懐かしいと言う言葉は嘘ではないようだ。
しかしいつまでもここで立ち止まっている訳にもいかないと、強引にアロイスから絵本を取り返したマルグレットは再び書庫を目指して歩き始めた。
「その絵本、有名な絵本だけど発行された部数が極僅かだったみたいで、今じゃかなり貴重なんだよ? 僕も祖父から譲り受けて持っていたけど、ロガールに移り住む時に荷物はほとんど置いて来ちゃったからなぁ……。勿体ない事しちゃったよ」
「……作者が不詳なのに有名なんですか?」
「作者が不詳だからこそだよ。一説じゃ大昔に実在した国の話で、この話の中に出て来る王家の子孫の一人が書き残したなんて噂もあるくらいだからね。真相はわからないけど、そんなミステリアスな部分も人気を博して有名になったのかも知れないねぇ」
やっぱり物語にはロマンが必要だよね、と同意を求めて来るアロイスに呆れたマルグレットが溜息を吐き出すと、彼はふと何かを思い出したのか顎に手を当てながら話題を変えた。
「そう言えば、ここに来る前にセシリヤちゃんを見かけたよ。一緒にいたのはイヴォンネ団長の娘さんのプリシラちゃんだよね? 仲良く手を繋いで、微笑ましかったなぁ……」
的を得ない一方的な会話にうんざりしながら、"小さな天使"の噂のせいで不届きな騎士たちが押し寄せ迷惑していた為、急遽セシリヤとプリシラに休暇を出したと説明すれば、アロイスは納得したように頷いた。
「噂の小さな天使はプリシラちゃんだったのかぁ」
「ええ……。積極的に医療団でお手伝いもしてくれていたのですが……、まさかこんな事になるなんて」
「噂もかなり大袈裟に広まってるから心配はしてたけど、思った以上に深刻そうだねぇ」
「連日人目に晒され続けて、プリシラちゃんも相当ストレスが溜まっているようだったので、二人に休暇を出したんです。その間に、医療団に押しかけて来る騎士たちの対策を立てるつもりだったんですが……」
良い案が浮かばなくて、と続けた所でマルグレットは口元を押さえた。
よりにもよってアロイスの調子に乗せられ、ベラベラと事情を話してしまうとは不覚だ。
マルグレットより少し後ろをついて歩くアロイスを見やれば、彼は何かを思案するように両腕を組み、それから、
「じゃあ、その件は僕が何とかしてあげようか? まともに団員が仕事も出来なくなるようじゃマズイでしょー?」
アロイスの唐突な申し出に、マルグレットは困惑し考える。
魔王討伐で戦力が半減している今、医療団で起こっている問題を片付ける為に他団の協力を期待できるような状態ではない。
しかし、アロイスは積極的に協力を申し出てくれている。
これを断る事も出来るが、そうすると他の誰に相談して良いのかわからない。
(ましてや体調の思わしくない王に直訴できるはずもない)
故に、
「……では、この件についてはお手を煩わせますが、よろしくお願いします」
「医療団の団員には日頃から第六騎士団の団員もお世話になってるからねぇ。それくらい、お安い御用だよ」
頼る相手がアロイスである事はあまり気に入らないが、今は彼にお願いする他ないと言う結論に至ったマルグレットは、その提案を受け入れた。
これで団員たちも心置きなく職務を全う出来るだろう。
一先ず問題の解決が出来る事に安堵した。




