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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第二部

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……それでも、あなたは僕の味方でいてくれますか? -Yuki-Ⅲ 【選択】①

 今日も忙しい一日が終わった。

 勇者として正式に国民に紹介される日が近づくにつれ、優希のしなければならない事が増えて行く。

 式典での挨拶の作法から移動手段である馬の扱い方、新しい服を作る為の採寸まで、本当に目の回る忙しさだった。

 それらを授業の合間に淡々とこなしへとへとになった優希は、早々にベッドへ入るとベッドサイドの引き出しから大事にしまっておいた一冊のノートを取り出して、栞を挟んであったページを開く。


 ユーリが見つけてくれた、三代目勇者の日記。


 寝る前のほんの少しの時間にこれを読む事が、最近の優希の楽しみだった。

 はじめは他人の日記を読む事に引け目を感じていたのだが、最初のページに「次の勇者へ」と書かれてあった事から読んでも問題ないとわかり、安心して読むことが出来た。

 三代目勇者の日記を読んでいると、彼女もこの世界へ来たばかりの時は戸惑っていた事がよくわかる。

 生活の違いや元の世界にはなかった魔術、縁のなかった剣術、それから恋の話まで包み隠さずありのまま書かれていた。


「……三代目勇者だった人は、きっと素直な人だったんだろうな」


 何度も出て来る”ジョエル”の名前を指先でなぞり、恋する乙女の日記の続きに目を通せば、まるで彼女の視点で世界を見ているような気分だった。

 更にページを捲り読み進めていれば、そこに”セシリヤ”の名前が書かれており、違和感を覚えたユウキはそこで小さく首を傾げた。


 ……確か、三代目勇者が召喚されたのは二十年前だったはずなのに、どうしてセシリヤさんの名前が?


 一体どう言うことなのかと、優希は自分のよく知っているセシリヤの姿を思い浮かべる。

 セシリヤの外見から推測できる年齢は二十代前半くらいだ。

 もしもこの日記にある”セシリヤ”が優希の知っているセシリヤだとしたら、今は四十代くらいと言う事になる。

 しかし、どう見てもそうは思えない。


 ……ジョエルさんと同じで、異種族とのハーフなのかな。


 この世界には人間以外に獣人、エルフと言った異種族が存在しており、獣人やエルフは成人までの成長速度は人間と変わらず、成人して以降はゆっくり老いて行き、ハーフもこれと同じで普通の人間とは異なると言う事を聞いたことがある。

 もしかすると、セシリヤも異種族とのハーフなのかも知れないと一人納得した優希は、そこで止まってた手を動かして日記の続きを読み進めた。

 どうやら三代目勇者はジョエルと親しいセシリヤにライバル意識を持っていたようで、彼女に対してあまり良い事は書いていなかった。

 勇者と言えどもやはり人間だなと苦笑しページを捲ると、今までとは打って変わって乱れた文字が書き連ねてある。



 ―――セシリヤは一体何者なの?

 魔物に治療されるなんて絶対にあり得ない。

 魔王の手先?

 それとも、魔物が人間に化けているの?

 あり得ない、あり得ない!

 ジョエルにも何があったのか聞かれたけど、セシリヤに怪我をさせる為にわざわざ森の奥まで連れて行っただなんて言えない。

 こんな事になるなんて思ってなかった。

 ただ、少し怪我をしてロガールに帰ってくれれば良かったのに……!

 それに、セシリヤが魔物に治療されていただなんて言えば、私の頭がおかしくなったと思われてしまう。

 この事は絶対に隠し通さないと……―――



 後ろめたさもあって酷く動揺していたのか、文章が的を得ない。

 しかし、セシリヤに対して”魔王の手先”や”魔物が人間に化けている”だなどと言う表現はいただけない。

 セシリヤへの悪口のようなものを書かれている事に対し、優希は不快感に眉を顰めた。


 ……セシリヤさんが、貴女に何をしたって言うんだ。


 勝手に邪魔ものとして認識し、セシリヤに怪我を負わせた三代目勇者に幻滅しつつも、セシリヤのその後が気になってページを進める。

 けれど、それ以降セシリヤの名が綴られる事はなく、淡々と魔王討伐への道中にあった出来事が書かれているだけだった。


 恐らく三代目勇者の目論見通り、セシリヤはロガールへ帰ったのだろう。


 複雑な気持ちを堪えて更に読み進めると、”魔王と勇者について私なりに調べて考えた事”と大きくタイトルが書かれたページに辿り着いた。

 魔王を無事倒した後に書かれたらしいタイトルと文章は、優希の興味をそそるには十分だった。



 ―――もし、次の勇者がこの日記を見つけたら、これを読んでしっかりと自分の置かれている立場を考えて欲しい。

 私たち……異世界の人間は、皆が崇め讃える勇者なんかじゃない。―――



 読み始めた直後、突然の”勇者”の否定に戸惑い、優希は反射的に日記を閉じてしまった。

 見てはいけないモノを見てしまった時のような、背徳感と恐怖心が優希の心臓をざわつかせる。


 ……異世界の人間が”勇者”でなければ一体何なんだろう。


 心の中で問うも、その答えを見る事に躊躇いを覚えた。

 ”勇者”であると言う責任と自覚を持って頑張って来た優希を、真っ向から否定する言葉で始まった文章。

 この続きを見てしまったら、今まで積み上げて来たものが壊れてしまいそうな気がして手が動かなかった。

 そうして暫く日記を見つめていれば、足元で丸まって寝ていたリアンが優希の様子に気づいたのか起き上がり歩み寄って来る。

 リアンは優希の膝元に座ると、閉じていた日記に手を当てて小さく鳴いて見せた。

 まるで、続きを見せろと言わんばかりだ。


「……リアン。一緒にこの日記の続きを見てくれるの?」


 優希の小さな呟きに応えるように鳴いたリアンは、カリカリと爪で日記の表紙を掻いて開けと催促しているようだった。


 何が書かれてあるのかを見て自分でしっかり考えて生きるのか、それとも、見ないで元の世界にいた時と同じように流されるままに生きるのか。

 優希の脳裏に、ただ苦痛に耐えるだけの日々が過る。

 何の抵抗もしないまま、暴力や搾取に従い流されるままに生きていたあの日々が。


 ……流されるだけの人生は、もうたくさんだ。


 頭を振ってそれらを追い払うと、優希は意を決して日記のページを捲った。

 ぎっしりと書き込まれた文字の羅列と、見慣れない三つの文様。

 城下の古本屋で見つけた禁書を読み解いたと言う三代目勇者の膨大な書置きは、優希が積み重ねて来た努力や希望、決意を粉々に打ち砕く程の衝撃を与えたのだった。




【49】


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