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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第二部

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そう遠くない未来の話だ -Silberto-【黎明】②

 建国祭を境に、シルベルトの周囲を取り巻く空気が一変した。


 第一に勇者の存在だ。

 アンヘルから説明を受けた時に"臆病"と評された勇者であったが、魔物が乗り込んで来た際、彼はしっかり"勇者としての役目"を果たして見せたのである。

 彼の発動させた魔術によって魔物は一掃され、それを目撃した国民が歓声を上げたのは記憶に新しい。

 一部の噂によれば「勇者は魔術は使えない」との事だったが、それも杞憂だったのだろう。

 特にそれ以外これと言って印象も残らない少年だったが、その出来事を機にシルベルトも彼を"勇者"として迎え入れる方針にしたことは言うまでもない。


 第二に、自団の副団長であるアルマンの存在だ。

 アンヘルから"召喚されてまだ混乱している勇者に刺激を与えないように"と説明を受けたにもかかわらず、その直後、勇者と偶然出くわしたアルマンは、あろうことか勇者を鍛錬場へ強引に引き摺り挑発・罵倒し、それ以降接近禁止令を出されている。


 そのアルマンの機嫌が、ここしばらくすこぶる悪いのだ。


 以前、医療団に多大な迷惑をかけた際にも同じように機嫌の悪い日が続いていたが、今回はその比ではない。

(アルマンの放つ不機嫌に終始怯える部下たちが、不憫でならない)

 普段から血気盛んで喧嘩っ早い所もあったが、シルベルトは直情的なアルマンに対して特別悪い感情は持っていなかった。

 第七騎士団から第四騎士団の副団長としてやって来たアルマンの言動を含めた素行は、貴族であったシルベルトから見てとても褒められたものではなかったが、飾らない彼はすんなりと団に馴染み溶け込んで、シルベルトが手を焼いていた一部の素行不良の騎士達をしっかり従えている。

 "貴族"と"平民"と言う隔たりがどうしても邪魔をし、更には規律を重んじるシルベルトは彼らにとって煙たい存在であり、そう認識しているからこそ、どうすれば彼らは自身に従ってくれるのだろうと長年頭を悩ませている所にやって来たアルマンの存在は有難かった。

 それから徐々にアルマンにはアルマンなりの良さがある事を知り、現在に至っている。

(多少問題はあれど、信頼に値する人物だとも思っている)

 故に、アルマンの勇者にしでかしてしまった事に対する処分をシルベルト自身が判断出来ず、存外自分は身内には甘い事をここで初めて思い知ったのだ。

(本来なら自分がすべき事だったのではないかと、今更ではあるが後悔している)


 眉間の皺が一層深く刻まれたアルマンを一瞥して小さな溜息を吐き出すと、シルベルトは机に乱雑に積まれていた手紙に手を延ばす。

 いくつかの封筒は上質で豪華に縁どられており、すぐに招待状の類だろうと見当がつき、開けるのすら億劫だとそれらを忌々しそうに端に除け、それから最後に手元に残った封筒の差し出人の名前を見ると、即座にそれを開封した。


 この手紙の送り主は、シルベルトの曾祖父だ。


 随分前にアルマンへ団の留守を頼んで会いに行ったが、病におかされていると言う曾祖父はシルベルトの記憶にある姿よりも随分と瘦せ衰えていた。

 もう長くないと零し、それから何かを伝えようと話をしていた最中に危篤状態となって今まで音沙汰がなかったのだが、手紙を寄越せる程度には回復したのだろう。

 安堵しながら封筒の中身を取り出せば、中には数枚の便せんと古ぼけた写真が入っていた。

 一先ず写真は後回しにして手紙の内容に目を通す。

 当たり障りのない挨拶から始まり、以前聞かされた話が延々と事細かに綴られ、ようやく最後の便箋に辿り着いた所で中断されていた話の続きが姿を現した。

 どうやら、処刑されたテオバルドには生まれたばかりの娘がいたらしく、その娘の遺体だけが見つからなかったと書き記されている。

 とは言え、例えば使用人に託され共に逃げている最中に何かに巻き込まれて死亡した可能性も考えられるし、またその場所が川や海などであれば遺体もそう簡単に見つかる事もないだろう。

 赤ん坊の小さな遺体が見つからない可能性ならば、他にいくらでもある。

 けれど、そんなシルベルトの考えを否定するように、手紙にはその赤ん坊が本当はまだどこかで生きているのではないかと綴られているのだ。

 限りなく薄い曾祖父の願望でもあると添えられた上で、もしも生きているのならば、かつてテオバルドの領地だった場所を彼女に、若しくはその彼女の娘でも息子でも孫でも良いから返してやって欲しいともあった。


 いよいよ馬鹿げた話だと、シルベルトから乾いた笑いが漏れる。


 例えその彼女が老女になり生きていたとしても、だ。

 曾祖父の話を信じてもらえるのかさえわからないのに、随分と思い切った決断をしたものだ。

(とは言え、シルベルトがロガール騎士団へ入団する事を後押ししてくれたのは他でもなく曾祖父であるのだから、彼らしいと言えば彼らしい)

 死期が近いことも相俟っているのかも知れないが、流石にこれは頷く事は出来ないと便箋を封筒にしまい、それから後回しにしていた写真を手に取った。

 色褪せて随分とボロボロになったそこに写っていたのは、少しぎこちない笑顔で肩を組む曾祖父の姿と、その隣で穏やかに微笑んでいるの男がテオバルドだろうか。


 それから恐らく、この女性が……、


「! ………セシリヤ……、ウォートリー……?」


 医療団でよく見かける人物と瓜二つの顔に思わず声を上げ、同じ執務室にいたアルマンがそれに反応を示す。


「団長……? どうしたんすか?」

「……いや……、何も……」

「………?」


 怪訝な顔をするアルマンに答えて写真を封筒にしまい込むと、机の引き出しの一番奥へとそれを追いやり、何事もなかったかのようにこちらに気をとられたままのアルマンへ報告書の進捗を聞き指示を出した。


 ……あれは、何かの見間違いなのか、それとも他人の空似なのか……?


 それに、セシリヤはどう見ても老女ではなく二十代そこそこの若い娘だ、ただの偶然……、いや……、ファミリーネームまで一致しているのに、果たしてこれをただの偶然と言い切れるのだろうか。


 巡る思考は一向に正しい答えを導き出せないまま、しばらくの間シルベルトの脳内を占拠し、それは彼の睡眠にまで弊害を齎すのだった。



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