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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第二部

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何も望めない日々から逃げ出したかった -Aloys-【理解】③


「申し訳ありません」


 アルマンの勇者に対しての不敬をどう処分すべきかと最小限の関係者が集められた部屋で、率先して謝罪し頭を下げたのは医療団に所属するセシリヤ・ウォートリーだった。

 アンヘルをはじめ第四騎士団長のシルベルト、第六騎士団長の自身を目の前にしても物怖じせずにいられる度胸は見上げたものだ。

(アルマンは自室での待機を命じられている為この場にはいない)


「少しの時間とは言え、私がユウキ様を一人にしてしまった事がそもそもの原因です。それさえなければ二人が顔を合わせる事も、こんな騒動になることもなかったんです。責任は私にあります」


 王の意向を無視したアルマンを庇っているのか、全面的に非は自分にあると続ける彼女に、どう言葉をかけるべきか思案する。


 確かにあの場に勇者を一人にしてしまったのはマズイが、彼女にもすべき仕事があったのだから仕方ない。

 それも、あの場所から目と鼻の先にある第六騎士団執務室に書類を届けると言う簡単なものだ。

 届けるだけなら数分で終わる上に、朝から団長も副団長も会議でいないのだから鉢合わせの可能性は低いと考える。

 自分も彼女と同じ立場なら、同様の行動を取っていただろう。

 ただ、今回は会議も想定より早く終わってしまい、更にアルマンが兵舎には戻らず鍛錬場へ向かってしまった為に起こった事故だ。

 不運が重なっただけとしか言いようがない。

 申し訳なさそうに頭をさげるセシリヤをじっと見つめるアンヘルも、どうすべきか考えあぐねているようだった。

 シルベルトに於いては、責める道理がないと言わんばかりの顔をしている。

 しかし、ここで何らかの処分を下さなければ他の騎士に勇者の事を軽んじて良いと取られかねない上に、そう言った輩が彼に危害を加える可能性も出て来るのだ。

(信じたくはないが、集団ともなれば一定数道を外した者がいるのは事実だ)

 召喚されたばかりの勇者の身の安全を守らなければならないのは当然として、適切な処分をどうすれば良いのか非常に悩ましい。


 うーんと唸っていると、セシリヤの後ろに控えていた勇者がおずおずと前に出て、


「あの……、違うんです! 僕が勝手に困ってる画家さんを放って置けないって言って……、それであそこにいたんです。目的地だってすぐ目の前にありましたし、セシリヤさんは何も悪くないです! 僕が怒られるべきです! ごめんなさいっ」


 そう言ってセシリヤ同様に頭を下げた。

 予想外の勇者の行動にセシリヤも困惑したのか、僅かに顔を上げて勇者を見つめるばかりだ。

 アンヘルを見れば、いよいよ彼の眉間に深い皺が刻まれ始め、これは流石に彼の手にも負えない面倒な案件なのだと悟ったアロイスは、一度両手を叩いて空気を一変させると、


「まぁまぁ、二人とも落ち着いて顏上げて。とりあえず、この件は僕が預かってもいいかなぁ? そもそも第六騎士団の兵舎内で起こった事だしねぇ。それに、王に心労をおかけする事は、アンヘルも避けたいんじゃない?」

「……そうですね」


 アンヘルが王に弱い事を利用して上手く案件を手中に収めると、次にシルベルトに視線を寄越した。

 先程からアルマンの失態をどう処分すべきなのかを一番考えているだろうシルベルトは、すぐに視線に気づきアロイスの言葉を待っているようだった。


「シルベルト団長も、この件は第六騎士団預かりで良いよね~? 自団の副団長の処分は流石にやりづらいだろうし」

「多少問題があるとは言え、アルマンには助けられている部分もある。それに、今回の騒動も理解できない訳ではない。故に、情けない話だが、どう処分すべきなのか正解がわからない」

「だったら、尚更僕に任せてほしいなぁ。どう?」


 シルベルトがアロイスの言葉に頷き同意を確認した所でアンヘルに視線を送ると、彼はこの場にいる人間だけの秘密である事を念押しし、アロイスに進行を任せるように一歩後ろに下がった。


「じゃ、収拾つかなくなる前にとっとと片付けちゃおっか。まずアルマン副団長はこれ以上のトラブルを起こさない為にも、勇者様との接近禁止。それと、監視をしばらくつけさせてもらうよ。シルベルト団長も、今後はアルマン副団長の動向をしっかり把握して手綱握ってね~」


 思っていたよりも軽い処分で済んだことにほっとしたのか、シルベルトは軽く息を吐き頷いて見せる。

(魔王の復活が近いと言うこの時期に、謹慎などと言う騎士団の戦力を削ぐ処分をする方があり得ないのだが……)

 それから勇者とセシリヤへ向き直ると、アロイスは彼らの緊張をほぐすかのようににんまりと笑みを浮かべて見せ、


「それから、勇者様についてだけど……、良かったら第六騎士団(うち)で剣技の面倒を見てあげるよ。ちょっと変わった(団員)が多いけど、勇者様の為とあらば快く協力はしてくれるよ。どうせ王もいずれはどこかの団に協力を仰ぐつもりでいたんでしょ?」


 そう言って後ろに控えているアンヘルに視線を寄越すと、彼は観念したように溜息を吐き出して頷いた。


「だったら、これも何かの縁だと思って……ね?」


 遅かれ早かれ、勇者には自分の身を守る為にも多少なりとも剣の扱い方を覚えてもらわなければならいのだから、早いうちに決めて置いた方が効率も良い。

 勇者に提案を拒否されればそこまでなのだが、彼の顔を見る限り、不安そうではあるがそこまで感触は悪くないようだ。


「勿論、他団でも協力してくれるって人がいればしてもらって良いよ。その方が何かと都合が良いこともあるし。後で各団に協力を促す書類、持って行かせるね」


 勇者の顔をもう一度見て頷くと、その隣で成り行きを見守っているセシリヤに視線を移す。


「それから、セシリヤ・ウォートリー。君は、勇者様のサポートをしてあげてよ。彼の精神的な部分で支えになってあげられる人も、この世界には必要だからね」


 今彼女が指導にあたっているユーリと言う青年と一緒にサポートしてくれて構わないと付け足し、その言葉に勇者の顔とアロイスの顔を交互に見て困惑するセシリヤだったが、不安げに見上げる勇者と視線が合うと、何かを決意したように頷いた。

 これでうまいこと話がついたねと両手を叩くアロイスに、全員がどこか腑に落ちないような顔をしていたが、采配は決して悪くないはずだ。


「じゃ、これで解散~。仕事に戻って戻って」


 何か言いたげなアンヘルとシルベルトの背中を押しながら強引に退室させると、その後ろから勇者とセシリヤが続いて退室して行く。

 セシリヤとのすれ違いざまに呼びかければ、彼女は足を止めてアロイスを見上げた。


「セシリヤちゃん……、あんまり自分を責めないであげてね。自分の事をもっと大事にしなくちゃ。それに、妥当な処分だったと思うけどな~」

「…………」


 何も答えない彼女の瞳からは何の感情も読み取れず、ただアロイスの顔を映し出しているだけだ。

 恐らく今の彼女の心には、アロイスの言葉など微塵も届いていないのだろう。


「僕は鳥籠の鍵を持っていないけど、いつだって逃げ出せる手助けは出来るよ」

「……、失礼します」


 僅かにセシリヤの表情が変わった事に気づき、けれど、それ以上は何も言わずに彼女を見送った。



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