何も望めない日々から逃げ出したかった -Aloys-【理解】①
貴族社会は甚く面倒だ。
名門貴族に生まれたアロイスは嫡男としての教育を余す事なく受け、また、生まれ持った天性の才能もあって特に苦労する事もなく健やかに成長していた。
殊に息抜きとして始めた絵画は、八歳と言う年齢にそぐわず目を見張るものがあり、その繊細なタッチと色使いは名の知れた芸術家さえも唸らせた。
レミーエ家にとって、アロイスは宝そのものだった。
まさに順風満帆。
このまま何事も無く順調に家督を継ぐと、誰もが信じて疑わなかった。
風向きが変わったのは、アロイスが十二歳の時だ。
ある日、アロイスとそう年齢の変わらない少年がひょっこりと屋敷に現れ、アロイスの父親の事を"父さん"と呼んだのである。
詳しく話を聞けば、実は父親には長年隠していた愛人との間に子供がおり、その愛人が亡くなる間際に言い残した「困った時にはレミーエ家を頼れ」と言う言葉の通りにここへやって来たと言う。
父親は愛人が亡くなった事にショックを受けつつも快く彼を受け入れたが、当然、母親はそれを良しとしなかった。
アロイスも突然の義兄の存在に戸惑いはしたが、彼の境遇を考えると反対など出来るはずもなく父親の判断に従い受け入れたが、これが間違いである事など、この時は気づけなかったのだ。
突然出来た義兄に貴族としての教育を受けさせはじめると、いよいよ母親は嫌悪感をあらわにして義兄に当たるようになった。
それを窘める父親にもくってかかり、義兄の存在を巡って両親の関係は次第に冷めて行き、常に険悪なムードが漂うようになる。
アロイスは複雑な心境ながらも、この環境に置かれた義兄へ少なからず同情し、そして陰ながら手を差し伸べていた。
更に、少しでも荒んだ母親の気持ちが穏やかになるようにとアロイスは彼女の為に絵を描いたが、母親はその絵を見る事も褒める事もなくカンバスを裂き、その内、アロイス自身すらも見てはくれなくなって行った。
父親も、そんな母親に目を向ける事無く義兄を溺愛し、アロイスに対しても徐々に愛情を失って行った。
アロイスが十八歳になると同時に母親が出先で突然の事故死を遂げ、レミーエ家の雰囲気は一変する。
父親が、家督を義兄へ継がせると言い出したのだ。
勿論中には反対する者もいたが、父親は頑として話を聞こうともせずに決定事項だと判を押してしまったのである。
アロイスは何の感慨もなく、ただ無表情のままその事実を受け入れた。
両親の関係が冷め始めていた頃から、なんとなくこうなる事を予想していたからだ。
あれほどまでに与えられていた愛情は最早微塵もなく、ただ、生かされているだけだととっくに気づいていた。
鳥籠の鳥。
自由を奪われ、このまま飼い殺しになるのを待つだけのアロイスの心は、空虚だった。
夜会に顔を出す事もなくなり、次第にレミーエ家の嫡男はアロイスではなく義兄の方だと認識されるようになっていた。
別に、家督を継ぎたかった訳ではないし、それに対して何を思う訳ではない。
ひとかけらの愛情を誰かに向けて欲しかった。
母へ描いたあの絵を褒めて欲しかった。
ただ、何も望めない日々から逃げ出したかった。




