周囲から向けられる好奇の視線が、ひどく不快だ -Arman-Ⅳ【落胆】②
朝一番の緊急招集会議の通達。
団長・副団長両名の出席が必須と言う異例の事態に、会議室へ集められた面々は何事かと王がやって来るのを待っていたが、そこに姿を現したのはアンヘルのみで、皆、王の身に何かあったのかと首を傾げていた。
対するアンヘルは、そんな周囲の戸惑いを特に気にする様子も無く、淡々と王の現状を説明し始める。
「勇者召喚の儀式を行った際、王の体力の消耗が思いの外激しく、現在は寝所で休まれています。よって、王の代理として私から勇者様についての説明をさせていただきたいのですが……、よろしいですね?」
やや疲れているようにも見えるアンヘルだったが、有無を言わさぬ迫力は健在で、勿論反論などあるはずもなく、無言を肯定と受け取った彼は改めて全員の顔を見回して話を続けた。
「勇者様は現在、一時的にではありますが医療団に籍を置いています。まだ現状を受け入れるには尚早と判断した為です。勇者様の心が落ち着くまでの間は医療団での雑務などをこなしながら、徐々にこの世界について理解を深めていただこうと言う、王のお考えでもあります」
確かに、突然召喚された異界の勇者にとってすぐにこの世界を現状を受け入れろ、魔王を倒せと言うのはこちら側の都合の押し付けでしかなく、最悪の場合拒否され兼ねない。
判断は間違っていないと思うが、些か甘いような気もしないでもない。
この世界へ召喚されてしまったのだから、腹を括って受け入れる意外に方法はなく、例えそれを受け入れることを拒否したとしても、勇者である事実はどう足掻いても変わらないのだ。
それならば、さっさと受け入れてしまった方が楽だろうにと思いつつも、とりあえずは勇者が医療団に籍を置く事にしぶしぶ納得したアルマンは、頬杖をついたままアンヘルの話に耳を傾ける。
「お披露目もまだ先の予定ですが、近々、各団長・副団長には勇者様の人となりを知る為の機会を設けますので、ご安心下さい。ただ、少々臆病……いえ、警戒心が強い所がありますので、個人的な接触は禁止とまでは言いませんが、なるべく刺激しないようにお願いします」
アンヘルの言葉の訂正に引っかかりを覚えたアルマンは、"臆病"と言う言葉を何度も頭で復唱し、理解したと同時に落胆を覚えた。
歴代の勇者たちは、皆"勇敢"であったと言う伝説を信じていたからだ。
信じていたからこそ、今回召喚された勇者が"臆病"だなどと言う事が信じられなかった。
いや、信じたくなかった。
アンヘルの説明はまだ続いていたが、最早アルマンの耳に話が入ることは無く、ただ、"臆病"と言う言葉がいつまでも頭を離れることはなかった。
「各々思うことがあるかもしれませんが、何卒王の意向を汲み取っていただくように……、そして、勇者様が落ち着くまでは、どうか温かく見守りをお願い致します」
くれぐれも刺激しませんようにと更に念を押すアンヘルに、誰も一切の反論の声は上げず、アルマンにも言いたい事は山程あったが、それが王の意向と言うのなら黙っている他ない。
隣に座るシルベルトを見やれば何やら難しい顏をしていて、彼も思う所があったのかも知れないと、言いたい事を我慢したのは自分だけではなかった事に人知れず安堵した。
解散の合図でそれぞれが席を立ち兵舎へと戻って行く彼らを他所に、アルマンはシルベルトに鍛錬場に行く事を伝えて一人進行方向を変え歩き出す。
どうにもこの胸の内を支配するもやもやとした感情は、剣の鍛錬でもしなければ発散できそうにない。
大半が最近頻繁に見る夢の中の自分への苛立ちだったが、先程聞いた勇者に対する苛立ちもあった。
召喚されて尚、現状を受け入れられないと言う、臆病者の勇者。
自分がもし勇者と同じ状況に置かれたとしたら、戸惑いはするが受け入れるしか道がないのなら腹を決めてそうするだろう。
全く知らない世界で命をかけて戦わなければならない事は気に入らないが、召喚されてしまった以上は仕方がない。
いつまでも現状を受け入れられずにウジウジしているのは、性に合わないのだ。
それに、この世界では勇者に対する待遇も悪くはないはずだ。
両手を上げて喜べとまでは言わないが、おそらく勇者への配慮として初めから最後まで何らかのサポートはつくだろう。
魔術や剣術に始まり、日常生活に関するありとあらゆるものまで幅広く。
後は、勇者次第なのだ。
ここまで良い条件が揃っていて尚、何を迷う事が、恐れる事があると言うのか。
幼い頃、乗合馬車が襲われた時に何も出来なかった自分と違って、勇者には力をつけて"戦う"と言う選択肢が用意されているのに。
自分の期待を裏切った事と環境に恵まれている勇者への羨望も、アルマンを苛立たせる材料にしかならなかった。




