いくつも、いくつも、しらみつぶしに。 -Airi- 【懺悔】②
そんな浅はかな考えから、立ち寄った村で魔物討伐を強引に請け負い、野営をしている騎士達の隙を見て、その夜、セシリヤを人気のない森へ呼び出した。
……誰にも秘密で、貴女に相談したい事がある。
セシリヤは何も疑う事無く、笑顔でそれに頷いた。
嘘を吐くことに罪悪感がなかった訳ではないが、彼女には早々に退場してもらわなければならない。
勇者を危険な目に遭わせたとなれば、護衛として失格だ。
おそらく責められることになるだろうセシリヤを庇って、周囲への印象も残しておかなければ。
約束通り姿を見せたセシリヤは、亜依里が森の中へ入る事を止めたが、構わず中へ踏み入ると、彼女も慌てて後を追って来る。
結果、想定していた通り、魔物に出くわす事が出来た。
だが、亜依里が思っていた以上に狂暴でグロテスクな魔物は、亜依里を庇ったセシリヤを一撃で昏倒させてしまい、想定外な展開に思わず言葉を失ってしまう。
ただほんの少しだけ、怪我をしてくれれば良かったのに……!
亜依里の思う通りに動かない魔物に恐怖し、声を上げる事もままならない。
昏倒したセシリヤを見れば、頭を強く打ったのか切れた額から血がとめどなく溢れ出していた。
このまま放っておけば、確実に彼女は死んでしまう。
そんなつもりでは、なかったのに。
腰を抜かしてただ震えている亜依里を魔物が一瞥すると、倒れているセシリヤに止めを刺す気なのか、ノロノロとした動きで歩み寄って行く。
しかし、そんなことをされては事実が明るみになった時、ジョエルが絶対に亜依里を許さないだろう。
それだけは避けなければならないと、震える手で地面に転がる小石を拾って投げつけるも、魔物はそんな小さな抵抗も意に介さずセシリヤに手を伸ばし、亜依里は見ていられないと目を瞑ってしまった。
けれど、いつまで経っても止めを刺す音は聞こえず、恐る恐る目を開ければ、
「嘘……どうして……、」
先程まであんなにも狂暴だった魔物が、セシリヤに治療魔術を施していたのだ。
信じられない光景に茫然としていれば、騒ぎに気付いたらしいジョエルと数人の騎士達が森へ踏み込み、魔物を打ち倒してしまった。
負傷したセシリヤはジョエルに抱えられるように運ばれ、結局、この怪我が原因で彼女は護衛から外れる事になった。
あの時何が起こったのか、どうして森の中にいたのかとジョエルに優しく問いただされたが、後ろめたさもあって、正直に答える事はできなかった。
ただ、セシリヤに相談したい事があって呼び出した所に偶然魔物が襲って来たとだけ答え、その魔物がセシリヤに治療を施していた事だけは、言わなかった。
何となく、それこそカンではあるが、言ってはいけないような気がしたからだ。
セシリヤが護衛から外れ、自分の思う通りになったはずなのに、嘘を抱えているせいなのか旅は余計に苦しくなり、後ろめたさからか、あんなに好きだったジョエルへ話しかける数も徐々に減って行った。
それでも、何とか魔王が封印されていると言う<封印の地>へ辿り着き、そこで魔王と対峙した時、とても不思議な光景を見た。
正確に言えば、頭の中に映像が流れ込んで来たと言うべきだろうか。
強制的に見せられたそれは、亜衣里も良く知る世界の景色、この世界の景色、そして、今よりも少し幼いセシリヤの姿だった。
一体これは何を意味しているのか。
目の前に立っている魔王は、元は自分と同じ異界の人間なのではないかと疑い、封印することを躊躇った。
何よりも、魔王はセシリヤを知っている。
魔王の視点と思われる記憶の中のセシリヤを見る限り、とても信頼を寄せているようで、けれど、最後は喧嘩別れのようなまま、映像は途切れてしまった。
……もしかするとあの時、魔物がセシリヤに治療魔術を施したのは、魔王の意思がそうさせたのではないか。
魔物は確実に亜依里を狙っていたのに、セシリヤがそれを庇い傷つき倒れてしまった事で、そうせざるを得なかった。
魔王は、セシリヤを絶対に傷つけない。
何故なら彼もセシリヤを……、信頼し、大切にしていたからだ。
途切れた映像から窺う限り、そう思えてならなかった。
何故、彼が魔王となってしまったのかは、解らなかったけれど……。
ふと、目前に迫る魔王に気づき、すかさずジョエルが間に入って亜依里を護り、シルヴィオの合図で結界が張られて行く。
攻撃を受ける度に呻く魔王の悲鳴が、まるで助けを求めているかのようで、胸が苦しくなった。
徐々に力を失っていく魔王の隙を見た周囲の騎士に促されるまま、扱いに不慣れな剣を彼に突き立てると、それは再び封印され眠りについたのだった。
ロガールへ凱旋した時、平和になったのは"勇者様"のお陰だと皆口々に話していて、それに笑顔で応えたが、内心魔王の記憶が引っかかってそれ所ではなかった。
王も、無事に戻った事に安堵し、労いの言葉をかけてくれた。
王にも魔王の話をするべきか迷ったけれど、恐らく、王に話したとしても事実を教えてくれはしないだろうと思い直して口を噤んだ。
教えられるものなら、最初から教えてくれたはずだ。
盛大な宴、人々の心の底から安堵した表情、平和な世界。
完璧なエンディングであるはずなのに、素直に喜んで良いのかわからなかった。
翌日、元の世界へ帰れるようになるまで二か月程時間を要することを告げられたその日から、亜依里は残された時間を使って、この国の事や勇者や魔王について隈なく調べ始めた。
文字を読めるようになるまでに多少時間は掛かったが、元の世界の文字に比べれば単純なものであった為、すぐに慣れた。
城の書庫を読み漁って、それでも足りない分は城下へ出て古本を扱う店へ出向いた。
いくつも、いくつも、しらみつぶしに。
そして、漸く、一冊の本と出会う。
とある学者が書き、けれど発禁本となってしまった、ロガールの文献だ。
(勿論、発禁本と言うだけあって持ち出しはダメだと店主に言われ、何日か店に入り浸る事になったのだけれど)
その中にあったある仮説……、それこそ、この本が発禁となった理由が、亜衣里の胸の中にストンと落ちて来たのだ。
【Intermedio】




