いくつも、いくつも、しらみつぶしに。 -Airi- 【懺悔】①
目が覚めた時、視界に飛び込んで来た景色は豪華な天蓋で、ベッドに寝かされている事に気づき起き上がると、そこは見覚えのない部屋だった。
西洋を思わせる装飾が細かに施されている調度品の揃った部屋は、まるでゲームか漫画の世界にでも入り込んだようだと、ぼんやりする頭で考えた。
一体自分の身に何が起こったのか理解できないまま、恐る恐るベッドから足を降ろした所でノックの音が響き、声も出せないままじっと扉を見つめていると、遠慮がちに扉が押し開けられる。
失礼しますと部屋に入って来たのは一人の男性で、けれど頭には普通の人間とは違う獣のような耳が生えていた。
彼は亜依里の視線に気が付くと、すぐさまベッドに近づいて跪き、恭しく頭を下げる。
「お目覚めになりましたか、"勇者様"」
そう言って亜依里を見上げたその顔はとても優しくて、特に穏やかで澄んだ瞳が印象的だった。
彼はジョエル・リトラと名乗り、どうやら召喚されたらしい"勇者"である亜依里の様子を見に来たようで、特に気分が優れないなどがなければ王との謁見をと促され、言われるままに腰かけていたベッドから急いで立ち上がる。
けれど、急に動いたせいで立ち眩みを起こし、目の前のジョエルに支えられるように抱き止められて思わず赤面してしまった。
見上げれば、その優しい瞳が亜衣里を真っ直ぐに捉えていて、彼の紳士的な振る舞いと出で立ちにすっかり心を奪われてしまうまで、時間はかからなかった。
王との謁見で、魔王を封印し世界を救う"勇者"であること告げられ、正直、戸惑った。
こんな一介の女子高生が、魔王を封印するだなんて出来る訳がない。
けれど、もしかしたらここはゲームの世界なのかも知れないと思う事で納得し、それらを受け入れ|"勇者"《ヒロイン》らしく振る舞う事を決めたのだ。
剣や魔術は殆ど使う事は出来なかったけれど、治療魔術だけは初級ではあったが使う事が出来たし、それでも治療をすると騎士達は有難がってくれる。
徐々に"勇者様"と周囲に持ち上げられて、すっかり亜依里は自分が世界の中心だと思い込んでいた。
魔王を封印する旅の仲間も、王から気に入った者を連れて行って良いと言われて、迷わずジョエルを指名し、後は見た目だけで適当に選んだ。
この世界は本当にゲームでもしているかのように、亜依里の選択した通りに物事が動いて行く。
どんなに我儘を言っても、どんなに無茶な要求をしても、皆最後には言うことを聞いてくれる。
だから、王から直々に相談相手兼護衛役だと充てられた"彼女"も、ゲームの世界の住人と信じて軽く考えていた。
「セシリヤ・ウォートリーです。勇者様、相談事でも何なりとお申し付けくださいね」
同性の騎士。
特に流行りの悪役令嬢風でもなかったが、恐らく、これから彼女が恋敵になるのだろう。
にこやかに挨拶をするセシリヤが間違いなくそうであると、亜依里は信じてやまなかった。
しかし、セシリヤは真面目に亜依里の身辺の護衛をし、時々治療魔術の使い方について悩んでいる時にもさり気なくアドバイスをしたりと別段嫌な印象は無く、どちらかと言えば、ごく普通の友人ポジションに収まるタイプだと思えてならなかった。
ただ一つ気になる事と言えば、ジョエルと随分親しげである事だけだ。
いつも亜依里が目を離した隙に、二人で仲良く話をしているのだから面白くない。
表面上ではそんな感情を隠して二人の間に割り入っていたが、いつだってジョエルと親しいセシリヤに嫉妬していた。
亜依里がジョエルに話をしている時と、セシリヤがジョエルに話をしている時で、どことなくジョエルの態度が違う事も気に入らなかった。
数か月後、本格的に魔王を封印する旅に出ると、何か危機が迫った時、ジョエルが真っ先にセシリヤを守る事も気に入らなかった。
ジョエルがセシリヤの名を口にする事さえも、……とにかくすべてが気に入らなかった。
一緒に旅をしていたシルヴィオにも何度か相談を持ち掛けたが、彼もどこか曖昧な返事をしてお茶を濁すばかりで話にならない。
何としてでも、セシリヤをジョエルから遠ざけたかった。
一体、どこでどう選択を間違ったのか。
王からセシリヤを紹介された時、真っ先に断るべきだったのだろうか。
もしかすると、旅の最中に何かイベントを起こす必要があるのかもしれない。
だとすれば、セシリヤを旅から外すイベントを起こさなければ。




