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嘘告だと思い込んでたら本告でした  作者: 家紋 武範
第三章 森岡海とシンデレラボーイ
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第七十六話◇森岡海

 その後、ウチの両親はカチカチのまま月島家と談笑の末、お別れの時が来た。

 月島くんのお父さんは、明日からまた会社のある都市に行かなくてはならないらしく、帰り際にも『海くんに手を出すなよ!』と釘を刺してくれた。

 これで愚かな劣情星人はしばらくはひっそりしてることでしょう。めでたし、めでたし。

 月島家が去った後、早速フルーツを山ほど頂いた。何このマンゴーもメロンも食べたこと無い味! きゃー。すごい。ホントはこんなに美味しいんだねぇ。

 しかし、父も母もそんなガッツいてる私に『はしたない。そんなことで月島家の嫁になれますか!』とか、『海、いつもそんな感じで宙くんと話してるのか? もっと宙くんを立てなさい』とか言ってきたので、別に婚約なんか嘘だしとか思いながらさっさと自室に籠った。


 兄はその後で食事に向かったようで、食べ終わると私の部屋をノックしてきた。


「おーい。やっぱりお前、月島くんと付き合ってたんだな。名誉なことじゃないか。しっかり頑張れよ」


 とか言ってきたが、あれは月島宙の作戦。ヤツは、私の体に興味はあれど、他に意中の人がいる。


「いーえ。婚約者でも彼氏でもないし」

「ん? 父さんや母さんの話と違うな。月島くんと付き合ってるんじゃないのか?」


「まさか。私たちまだ中学生だし」

「いや中学生だったら、異性が気になる年頃だろ。付き合いたいとか、彼氏、彼女とか、考えるだろ?」


「いやー、それはないかなー」

「ふーん。お前案外古風なんだな」


 古風なんだな? どっかで聞いたことあるぞ? 月島のアホも同じようなことを言っていた。

 フンっだ。何よ、二人とも。 すぐにホイホイとチウしてる女のほうが正しいとでも言うわけ? ホントに不埒な連中だ。


 週が明け、登校すると、すでに月島宙は一番乗りしていたらしく、私と婚約したと世間さまに言いふらしていた。

 私の友人たちは、好奇の目で私を囲んだ。


「ちょっとぉ! 月島くんと婚約したんだって?」

「もー! すごい。スゴすぎるゥ!」

「あー、うらやましい。月島くん、変なとこ全然ないもんね。ね、どこまで行ったの?」


 みんなの目は興味津々だ。どこまで行ったって、なんにもしてないし、これからもされんぞ?

 困っていると、月島宙は私の背中に立ち、肩をモミモミしてきた。


「みんな、あんまり海くんを困らせないでくれよー。ははは」


 うぉい! テンション高過ぎ。困らせてるのは明らかにお前。どーすんだ、この騒ぎ。お前、こんな騒ぎ起こしといて、人様の目をそらし、自分は心に決めた人のところに通おうたってそうは問屋が下ろさんぞ?


 だが何も知らぬ純真無垢な少年少女の皆さんは月島くんに質問している。


「へー! 月島くんたら、海のナイトなのね」

「コイツ、すみに置けないな」

「進んでるな~。もう婚約かよ」

「私たち、今まで通り海のトモダチしててもいいのよね?」


 月島宙は照れて頭をかきながら答える。


「もちろん! 海くんの友達なら、俺の友達でもあるよー。だからさ、海くんに変な男が近付いてこないか見張ってて欲しいんだ」


 束縛! コイツ最低だ。なんだ? 私を雁字搦(がんじがら)めにして、不機嫌になったら殴り付けようとか、そういう系統か?


 私は月島くんの横に並び、隠しながら足を踏みつけた上に手の甲をつねりながら言った。


「そーなの。私だけじゃなく、ソラが他の女の子としゃべってても報告してよー。コイツ、なに仕出かすか分からないんだから」

「ちょいちょいちょーい。キミ以外にそんなことしないよ」


 ワッと沸くモブの皆さん。くっ。なんだこの月島宙フィーバーは。ジャックポット月島は?


「おはよう」


 ん? 急に誰かが割って入って来たぞ?


 見ると北大路由真だった。めっちゃ睨まれてますけど?


「やー、おはよう! 北大路くん!」


 月島宙! なんだお前! テンション高過ぎて、由真にした仕打ちを忘れちゃった?

 家同士の婚約で家まで来たのに、別な女との婚約と言う茶番劇されて、恨んでない分けないじゃん。

 案の定、由真は私をギッロリと音がするほど睨んでいたが、スーパーハイテンションお坊っちゃまはそれに気付いてない。

 こんな男に私のケアが出来るなどと、到底考えられない。


 始終ハイテンションの月島宙は、放課後、部活中も同じ調子で、部員や顧問の先生も、月島の息子と言うもんだから、腫れ物に触るように丁重だ。こんなもん蹴っ飛ばしてやれば良いのに。調子に乗らせ過ぎでしょ。


 一人不機嫌な私と帰宅の路についたとて、月島宙は何やら将来はあーしたい、こーしたいなどという世迷い言を抜かしていたが、それは私じゃない心に決めた人との未来であるからますます不機嫌になっていったが、そこで月島くんは立ち止まる。そして顔を下に落としたままで話し出す。


「ゴメン……。俺、一人で浮かれちゃって……。海くんが怒ってる理由も何も解決してないのに」


 理由はテメーだよ。当人、ご本人、当事者、渦中の人、主役。よっ! 待ってました! とでも言って貰いたいのかよ。コラ。


「ちょっとこっちに来て!」

「う、お、おい」


 月島くんに手を繋がれたまま、寂れた神社の階段を上る。そして、神社の横を通り過ぎると、手摺りの付いた、コンクリート製のスロープを登った。


「わあ!」

「ふふ。すごいでしょ」


 そこは、広場になっていて、少しばかり遊具がある公園だった。腰より上ほどの金網があるが、そこからは街が一望出来る。夕焼けもマッチしていて、素晴らしい景色だった。


「昔、この街に来たとき、ここを見つけたんだ。母さんに怒られて叩かれた後に。誰にも泣きべそを見られたくなくって、裏道を裏道を歩き続けた。そしたら、この景色があってさ。怒られたことも、ひもじいことも忘れてしばらく魅入っていたよ」


 確かに、ここは素晴らしい景色だった。辛いことも、悲しいことも忘れられそうな。


 そうだった。月島くんは、本当に辛い人生を歩き続けてきたんだよな。今はようやく幸せを掴もうとしている。


 月島くんは、私の肩に手を添え、もう片方の手で頬を押さえる。

 近付いてくる顔、唇……。なぜか抵抗できなかった。私たちは、そこで初めてのキスをしてしまったのだった。

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