第七十四話◇森岡海
月島くんは、私を抱きしめながらキッとお父さんを睨み付けたようだった。
「何を言ったんだ父さん! 俺の大事な人に!」
すると月島くんのお父さんは、私たちを見ながらパチパチと拍手をした。
「いやぁ、お見事。すまないが海くんの本当の気持ちを聞いておきたかったんだ。宙への思い、ハッキリと分かったよ。キミは素晴らしい女性だね。実は聞いていたんだ。ドン底の宙と彩花を救ってくれていたそうじゃないか。ましてや病気の時には看病してくれた。それはね、当時宙を探してくれていた探偵からも報告があったんだ。だが私は信じられなかった。世の中にそんな女性がいることを、ね。しかし、その情熱や私を目の前にしても毅然とした態度。いやはや感服したよ」
私は先程の興奮もあり、声も出なかったが、月島くんはそれを聞くと子どものようにはしゃいでいた。
「本当? 父さん! 絶対だね? 絶対俺たちの婚約を祝福してくれるんだね? もう政略結婚の話なんてしないんだね?」
「もちろんだよ。こちらからお願いして海くんをお嫁さんに欲しいくらいだ。いや、こうなったのなら、海くんのご両親にご挨拶をするのが礼儀だろう。早速行こう。海くん、本日ご両親はご在宅かな?」
突然のことで混乱したが、『はい』と答えるしかない。月島くんのお父さんはスマホを取り出し、我が家に電話している。すでに調べていたのだろう。なんという行動力。誘拐事件の時もすごかったけど。
けど、月島宙よ。お前大丈夫なのか? お前には心に決めた人がいるわけで、私のことは一時の目をそらすための身代りに過ぎない。
その人と恋愛成就したのなら、私はポイ捨てされてしまう。ただの協力者に過ぎないクセに。
それにしても、コイツ演技力あるなぁ。まるで本当に私のこと好きみたいな感じだぞ。勉強もスポーツもなんでも出来るし、演技までできるのかぁ。なんてスーパーマンなんだ、コイツ。そりゃ、由真も惚れるよなぁ~。
月島くんのお父さんの会話はしばらく続いた。ウチの両親は驚き戸惑っているようだった。当たり前だ。まさか天上人から連絡が来て、面会した上にお嬢さんを息子の婚約者に、と言われたのだから。
私は両親にも嘘をつくことになるのかぁ。月島くんが将来心変わりしたってことになったら凹むだろうなぁ。
くー、隣では楽しそうにテンション高めの月島くんが大興奮してるけどさぁ。ちゃんとその後はケアしてくれるんでしょうね。
「ちょっと……」
「なに? どうしたの海くん」
「アンタ、ちゃんと責任とってくれるんでしょうね? こんなにたくさんの人巻き込んで」
「もちろん! 絶対に心変わりなんてしないよ!」
おおっとぉ……。それはそれで凹むし、回答になってない。なんだと、心変わりしないと? 私がどんなにコイツに恋したとしても、コヤツは私のことなど気にも止めないのだ。
ムカついたから、足を踏んどこう。
「痛ァ!」
ふふん。コイツ、飛び上がってやがる。ざまぁ。少し溜飲が下がったぞ? テーブルの足にぶつけたとか父の手前取り繕ってはいるが、許せん。
私には安心などどこにもない。やっぱり月島宙はいけ好かないヤツなのだ。自分のことしか考えてない。後程問い詰めてやらねば。
考えていると、月島くんのお父さんはウチの両親と会話を終えたようで顔を上げた。
「少し準備をするようなので、二時間後にして欲しいそうだ。我々も手土産を買いに行こう。宙、彩花を呼んで来たまえ。みんなで行こう」
月島くんのお父さんに促されるまま、運転手つきの高級車にみんなで乗り込む。さやちゃんは助手席のチャイルドシートで手を叩いて喜んでいた。そして好きなお歌を歌っている。可愛すぎる。
月島くんのお父さんも、血の繋がりのないさやちゃんを可愛がってくれてるのねー。うーん、人格者。
そんな中、月島宙は勝手に私の手を取って、自身の頬に当てたり、ヒザに置いたりしている。コイツ、まさか意中の人の身代りに、私にスケベなことをしてくるんじゃあるまいな? 現に今だって相当けしからんぞ?
そのうちに、頬に当てていた手はスルンと滑って月島のアホの唇へ。それに対してヤツは、手の甲にチュ、チュと二度も吸いやがったのだ。
はーい、後で殺すねー。
やっぱり、やっぱり、コイツはやって来た。性欲の赴くままに私をオモチャにするつもりなのだ。しかも席順はお父様、ソラ、私にも関わらず、恥ずかしげもなく父の前で私を手篭めにする宣言。
私は力を込めて手を振り払おうとしたが、ヤツめ、普段は大人しいくせに、父の前だからか強気だ。手を放そうとしない。クズめ!
そのうちに、お金持ち御用達のスーパー(?)に着いた。運転手さんはお父様のほうのドアを開けに向かったので、私は運転手さんに頼らずに自分でドアを開けて、逆方向から脱出した。
お父様が出てしまったら、この性欲魔人と後部座席に二人きりになってしまう。そしたら何されるか。
月島くんは、私を追い掛けて隣に並んで肩を組んできたが、空いたボディーに肘鉄を食らわせてやった。
「おうっふ!」
「おうっふ、じゃねーよ、テメー何したか分かってんのか?」
「え? それは……」
「赤い顔してなんだ。テメーは私の手に、そのー……、キッスをしてきたじゃねーか!」
「う、うん。ダメ?」
「ダメに決まってんだろう? このままお前と一緒にいたら、私の貞操、私の純潔は日に日に削られて行くのは目に見えてるわ! このドスケベぇ!」
「で、でも二人は婚約者になったわけだし、多少は……」
「何言ってやがるわけ。少しは遠慮して欲しいわ」
「な、なんか海くんってさ」
「なんだよ」
「古風だよね。貞操とか言っちゃって。でもキミの意思は尊重するよ」
なんだと? 古風だと? いやいや、普通です。アンタは何も言わなきゃ、条約を破棄して国境を侵してくる。
それに私の意思は尊重する、だぁ? 嘘を付け! お前がそんな約束守れないのは見え見えだ! やはりこの少年には近付かないほうがいい。お父様の隣に並ぼう。
私は月島くんのお父さんの隣に並んだ。その隣にはさやちゃん。私はそのさやちゃんの手を繋いだ。すると月島某は、さやちゃんのもう片方の手を繋ぐ。
オイオイ、よく見る若夫婦みたいな構図になっちゃってるよ?
月島くんはこちらを向いて微笑んでやがる。むー、ズルいぞ、その笑顔。
くう。だが油断はしないぞ、月島宙め!




