第六十九話◇森岡海
月島くんのマンションを二人で出た。彼は道すがら、楽しそうに色々と話していたので退屈はしなかった。
家の門まで来ると、ちょうど父母が買い物から帰ってきたところだった。月島くんはうちの両親に丁寧に頭を下げて挨拶をした。
なんだその真剣な面持ちは。お前のキャラがいまいち分からん。私とその他の人に対してのキャラ分けすぎだろう。
月島くんはうちの親と話している隙を見計らってさっさと家に入った。コイツにいつまでも拘束されてはいられない。
階段を駆け上がり、部屋に入るとベッドに身を倒した。そこに兄がひょっこりと顔を出す。
「おーい、さやちゃんどうだったー?」
兄にはあらかじめ伝えておいたのだ。さやちゃんのマンションに遊びに行くことを。兄はやはりさやちゃんを気にかけていたのだと、私は笑顔でベッドから身を起こした。
「可愛かったよ~。膝に乗せて絵本読んで上げたら、そこで寝ちゃってさぁ~」
「へー、可愛いなー」
「そんなお兄ィに朗報です」
「なに?」
「明日、さやちゃん兄妹とショッピングモールに行くの。お兄ィも行かない? さやちゃんと遊べるよー」
「マジ? うおー! 心配してたんだよ、さやちゃんのこと。行く。絶対行く」
と話が決まった。
そして次の日。9時丁度に家の呼び鈴が鳴る。母が対応しに出ると、すぐさま戻ってきた。
「空、海、月島くんが迎えに来てるわよ。あなたたち、なんて失礼なの。月島くんのお父さんの会社からは父さんの会社も母さんの会社も仕事を貰っていると言うのに……。さっさと支度をなさい!」
と来たもんだ。アヤツ、昨日の挨拶で父の威光を放ったのだな。許せん。制裁を与えてやらねば。
私の心とは裏腹に、兄はさっさと支度を整えてしまった。そーね、さやちゃんにも会いたいし。
私は兄の背中を追いかけると、さやちゃんは兄の顔を見るなり真っ赤になって、汗をダラダラこぼすほど興奮し始めた。髪の毛は汗に貼り付いている。
「海くん、お兄さん、おはようござ──」
「おにいたん! おにいたん! 今日はおにいたんと一緒に遊べる~。しゅごーい!」
月島くんは、なにやら気取って上品に頭を下げようとしていたが、私と兄の視線の先はさやちゃんだった。さやちゃんは力強く足を踏み鳴らしてクルクル回っていた。
兄が玄関に足を下ろすと、その足に抱き付いていた。かわいい。
私たちが外に出ると、そこにはハイヤーが待っていた。なんだこの金持ち特有のアレは。
そんな月島くんにウチの両親は外まで出て頭を下げていた。
さやちゃんは兄の膝の上に抱っこされ後部座席に、私はその隣に乗り込むと、月島くんは私のその隣に乗り込んできた。
「ちょっとアンタ、狭いよ?」
「だってしょうがないじゃん?」
「いや前に乗れよ」
「運転手さーん、出しちゃってー」
「オイコラ」
私のドスの効いた脅しにも関わらず、月島くんの指示により、運転手さんはショッピングモールへ向けて車を走らせる。
月島くんの腕が私の腕に密着している。なんなのさ。私はため息をついたが、兄とさやちゃんは楽しくおしゃべりをしていた。
月島のアホも何やら私に話掛けてきたが、そっぽを向いた。
その時だった。私の視界の中に有り得ないものが写った。
ハイヤーの後方をつばの広い白い帽子を被り、白いワンピースを着た女性が追い掛けて来るようだったのだ。
「ひっ!!」
「どうした、海くん?」
「い、いや、後ろに……」
と指差したところで、車は道を曲がり、その姿は見えなくなった。私は今の白い女の恐怖を伝えようと兄と月島くんに必死に説明したが、昼間からそんな怪異があるわけがないと笑われてしまった。
キャッキャ、キャッキャとはしゃいでやがる。
「もーう、海くんはかわいいなぁ」
「ヨウ! ヨウ!」
「え?」
「何いじってやがるワケ? 人が怖がってるのに」
「え、いやー、そのぅー」
「マジ有り得ないんですけどー」
私はイラつきながら月島くんから目をそらすと、必死に何か取り繕うとしていた。私は後部座席の真ん中でふんぞり返って社長の姿勢をとっていると、そのうちにショッピングモールへと着いた。
運転手さんは、車の外に出てドアを開け、エスコートしてくれた。さやちゃんは兄と手を繋ぎ、月島くんは私と手を繋いできた。
いやちょっと待て。私はそれを振り払った。
「なにしやがんでーー!!」
「いや、だってデートでしょ?」
──────?
何言ってんだコイツ。デートって、あれでしょ? 男女の色恋沙汰、逢い引き、シークレットミーティング。
5W1Hを知らんの? 「When」「Where」「Who」「How」「Date」「Promise」などしましたか? いやこれは5W1Hではないけど。
さてはコイツ……! 父の威光を笠に着て、私の両親を脅し、身近で手頃な女である私をいいようにしようとしているのでわ!?
そう、お前はそんなヤツだ。会った時からそうだった。私にいいたい放題言ってきて、もう来るな、とか言った男!
それが金を持った途端、今度は『俺様は金を手に入れた。何でも買える。地位も名誉も。それに女……。身近にいる女と言えば森岡海だな。よし、金で何とかしよう』と画策したのだ。
ゆ、許しがたし! 私が月島家と繋がっているのはひとえにさやちゃんがかわいいからだけなのに……ッ!
おーまーえー! 月島宙! お前は全然かわいくないヤツだ!
オムライスの時に、ウチの光熱費を使うなとか言ったこと、私は忘れてないからな!
「止めてくれる? 断りもなく女子の手を繋ぐなんて非常識だよ」
「えと、じゃあ手を繋ぐ、ね?」
「じゃあってなによ。とりあえずみたいな」
「あのー、手を繋がせてください」
「ふーん、まあいいか」
いや良くねーか。私は繋がれた手を再度振り払おうとすると、それをさやちゃんが見て興奮して声を上げた。
「しゅごーい! パパとママみたい。仲良し、仲良しだねぇ。さやちゃん、うれしー!」
パパとママみたい!? ……そっか。さやちゃんはそんな家族の風景なんて見たことないもんね。これが普通の家族の絵だっていうのに。
お母さんはあんなんだし、実のお父さんなんて、どこにいるか分からないんだもんね……。
月島くんがたった一人の側にいてくれる肉親。それが父代わりか……。
私は仕方なくため息をつきながら月島くんへと言う。
「はいはい、じゃあいいよ」
「ホント? やったあ!」
月島くんは嬉しそうに手を握ってきたが、コイツの魂胆は見え見えだ。私の操が目的なのだ。
それは決して許さんぞ、月島宙。これはさやちゃんのためなのだ。さやちゃんの笑顔のため──。




